恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
病院へ向かう道すがら、幸子は何度も深く息を吸い込んだ。
いつの間にかバッグの持ち手を強く握っていたことに気づき、ハッとする。
バッグの中は、何度も確認した。それなのに、入っているはずの書類が、足りないような気がしてしまうのは、きっとそれだけ心が落ち着いていないからだと、自分でもわかっている。

受付を通り、病棟へと足を進める。
すでに院内は動き始めていて、看護師たちが世話無しなく行き交う。その足取りから、どこか張り詰めた空気が漂っているのを感じ取った。

その中で、自分だけが現実から少し遅れているような心細さが、胸に押し寄せる。
病室の前にたどり着くと、大きく息を吸い込み、深呼吸をしてからドアを開けた。

「おばあちゃん……おはよう」

「おはよう。具合はどう?」

祖母はいつもと変わらない穏やかな笑顔で迎えてくれた。その声のやわらかさに触れた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
幸子はなんとか笑顔を作りながらベッドのそばへ歩み寄る。
でも、祖母に繋がれた点滴の管や機械の音に現実を突きつけられるようで、目を逸らしたくなる衝動を必死に抑えた。

祖母は、そんな状況すら包み込むように穏やかで、まるでいつもの朝のような表情を崩さない。

「大丈夫よ」

何も言っていないのに、先にそう言われてしまい、その言葉がかえって胸の奥に重く沈む。

「おばあちゃん」

「わたしは、まな板の上の鯉みたいに、先生にすべてお任せするだけだから」

明るく言うその声に、幸子は一瞬だけ言葉に詰まりながらも、小さく頷いた。

「……うん、きっと大丈夫だから」

知っている。
近くで見た、その人の姿を。
だから信じたいと思う。

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