思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
顔を上げると、光林社長がすぐ隣に立っている。

近い距離。

けれど、その近さにもう驚かなくなっている自分がいた。

「ありがとうございます」

差し出された書類を受け取りながら、自然と頭を下げる。

怒られない。責められない。

ただ、正しいやり方を教えてくれる。

その繰り返しだった。

「決裁書類は、午前と午後の二回、各部署に配るように」

「すみません。覚えていなくて……」

申し訳なさが込み上げて、思わず視線を落とす。

「ううん」

軽く首を振る気配がして、私は顔を上げた。

社長は、いつものように穏やかに微笑んでいた。

「気にしなくていい。これからまた覚えればいい」

その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

どうしてだろう。

ただ優しくされているだけなのに、それ以上の何かを感じる。

まるで――“こうされるのが当たり前だった”みたいに。
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