思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
「今日はもういい。無理するな」

「でも……」

「いいんだ」

遮るように言われて、私は言葉を飲み込む。

静かな沈黙が落ちた。

その空気に、なぜか胸がざわつく。

帰ろうと立ち上がった、その時だった。

「……千紗」

名前を呼ばれる。振り向いた瞬間――引き寄せられた。

「……っ」

気づいた時には、社長の腕の中にいた。

強くもなく、弱くもない抱擁。

けれど、逃げられないほどに、しっかりと包み込まれる。

「……社長?」

戸惑いながら声をかける。

けれど、腕は離れない。

むしろ、少しだけ力が込められた気がした。

そして耳元で、低く囁かれる。

「……こうしていると、昔に戻ったみたいだ」

「……え?」

その言葉に、思考が止まる。

昔に、戻ったみたい――?

どういう意味?

問い返そうとした、その瞬間。

胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
< 14 / 89 >

この作品をシェア

pagetop