思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される

第2章 思い出せない過去

その夜、私は夢を見た。

暗い場所だった。

何も見えないはずなのに、なぜか怖くはなかった。

背中に、温もりがあったから。

「……千紗」

低く、優しい声が耳元で響く。

振り向こうとするけれど、体が動かない。

ただ、その腕の中にいることだけは分かる。

抱きしめられている。

強くもなく、でも離れられないような――そんな抱き方で。

「大丈夫だ」

そう囁かれると、不思議と心が落ち着いた。

この人なら、信じていい。

そう思えた。なのに顔が、見えない。

誰なのか、分からない。

「……誰?」

声に出した瞬間、その温もりがふっと消えた。

「待って……」

手を伸ばしても、何も掴めない。

そのまま、意識が引き戻される。
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