思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
一瞬だけ、母の動きが止まる。

けれど、すぐに何でもないように笑った。

「さあ、どうだったかしらね」

「え?」

「あなた、そういう話、あまりしなかったから。紹介もされてないし」

あっさりとした答えだった。けれど。

「……そうなんだ」

私はそれ以上、何も言えなかった。

本当に、いなかったのだろうか。

それとも――知らされていないだけ?

夢の中で抱きしめてくれた、あの人。

あの温もり。あの声。

あれが、ただの夢とは思えない。

忘れているだけで、確かにそこに“誰か”がいた気がする。

「……変だよね」

小さく呟く。

思い出せないのに。

どうして、こんなにも胸が締めつけられるのだろう。

まるで――失ったことだけは、覚えているみたいに。
< 18 / 89 >

この作品をシェア

pagetop