思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
その日、社内の空気はどこか張り詰めていた。

「会長がいらしているらしい」

そんな声があちこちで聞こえる。

光林社長の父――会社の頂点に立つ人物。

私は資料を整えながら、小さく息を吐いた。

まだ慣れない仕事に加えて、緊張が重なる。

「……大丈夫か」

ふいに声をかけられ、顔を上げると社長が立っていた。

「はい。問題ありません」

そう答えると、彼は一瞬だけ何か言いかけて、やめた。

そして、いつものように穏やかに頷く。

「無理はするな」

それだけ言って、先に社長室へと戻っていった。

優しいのに、どこか距離がある。

触れようとして、引くような――そんな違和感。

私はその背中を、少しだけ見つめてから後を追った。

社長室のドアをノックする。

「失礼します」

中に入ると、そこには年配の男性がソファに腰掛けていた。
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