思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
私は深く息を吸って、足を踏み出した。

もう、聞いてはいけない気がした。

けれど。

耳に残る言葉だけが、消えてくれなかった。

午後の業務は、思った以上に慌ただしかった。

各部署への書類配布を終え、デスクに戻ろうとした時。

「広中さん」

後ろから声をかけられた。

振り向くと、営業部の男性社員が立っている。

「これ、急ぎで確認お願いできますか?」

差し出された資料を受け取り、私は頷いた。

「分かりました。社長に確認してきますね」

そう言って歩き出そうとした、その時だった。

「その前に、少しだけいいですか?」

呼び止められる。

「……はい?」

「最近、復帰されたばかりで大変ですよね。もしよかったら、何か手伝えることがあれば――」

穏やかな口調だった。気遣ってくれているのが分かる。
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