思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
「そうだ。立派にやってた。心配いらない」

優しく言ってくれるのに、その言葉が妙に表面的に聞こえた。

“それだけ”なの?

胸の奥に、ひっかかりが残る。

働いていた。それは分かる。でも、それだけでいいのだろうか。

人は、ただ働くだけで生きているわけじゃない。

友達は? 日常は? そして――

「……私、誰かと付き合ってた?」

気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。

自分でも驚く。

でも、聞かずにはいられなかった。

これだけの時間を、ただ一人で過ごしていたとは思えない。

母は少しだけ目を伏せた。

父は何も言わない。

「……どうだったかしらね」

やがて、曖昧な笑みとともに返ってきた答えは、それだけだった。

はぐらかされた――そう感じた。

どうして?なぜ、教えてくれないの?

胸の奥が、ざわつく。

「大丈夫。これから思い出していけばいいのよ」

その言葉は優しかった。
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