思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
翌日の午後、病室のドアが静かにノックされた。

「失礼する」

低く落ち着いた声がして、扉が開く。

そこに立っていたのは、見知らぬはずの男性だった。

黒いスーツをきっちりと着こなし、無駄のない所作で一歩、室内へと入ってくる。

整った顔立ちに、どこか近寄りがたい空気を纏っていた。

けれど、その目だけは――驚くほど優しかった。

「……よかった。目が覚めて」

そう言って、彼はまっすぐ私のベッドのそばまで歩み寄る。

そして、ためらいもなく私の手を取った。

「……っ」

指先に、じんわりと熱が伝わる。

上司だというのに、どうしてこんなふうに触れるのだろう。

戸惑いながら、私はそっと手を引いた。

離した瞬間、ほんのわずかに彼の表情が揺らぐ。

「千紗?」

名前を呼ばれた。
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