思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
それだけなのに、胸の奥が小さく震える。

知らないはずなのに――どうして。

その違和感に、私は思わず視線を逸らした。

すると母が、少し困ったように口を開いた。

「千紗は……秘書の仕事をしていたこと、覚えていないんです」

「えっ……」

その言葉に、彼は一瞬、言葉を失った。

「……そうか」

静かに呟いた声は、驚きというよりも、どこか痛みを含んでいた。

沈黙が落ちる。

けれど、それは長くは続かなかった。

彼はゆっくりと息を吐くと、いつもの自分を取り戻すように、柔らかく微笑んだ。

「問題ない。また、うちの会社で働けばいい」

まるで当たり前のことのように言う。

迷いも、戸惑いも見せないその言葉に、私は少しだけ救われた気がした。

「……ありがとうございます」
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