思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
でも、祐樹は気にした様子もなくコーヒーを口にした。

その瞬間だった。ふいに、頭の奥が揺れる。

――制服。夕暮れの校舎。並んで歩く、誰かの影。

「……っ」

思わず、こめかみを押さえた。

「千紗?」

祐樹が驚いたように身を乗り出す。

「……今、少しだけ」

ぼんやりとした映像が浮かぶ。

学生服を着た祐樹。笑っている横顔。

「私たち……もしかして、同じ高校?」

そう口にすると、祐樹は一瞬だけ息を呑んだ。

「……それは覚えてるんだ」

わずかに驚いたように、そしてどこか嬉しそうに。

「……うん、少しだけ」

はっきりとは思い出せない。

でも、確かにそこにいた気がする。

「ずっと一緒にいたんだよ。千紗と」

優しく、そう言われる。

その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。
< 42 / 89 >

この作品をシェア

pagetop