思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
唇が、重なった。

「……っ」

一瞬、息が止まる。でも、抵抗はしなかった。

恋人同士なら、自然なこと。

そう思ったから。けれど――ドキドキ、しない。

ただ、触れているだけ。体温を感じているだけ。

それ以上でも、それ以下でもない。

まるで、どこか遠くから見ているみたいに。

自分のことなのに、他人事のようだった。

唇が離れる。

祐樹は、何も言わずに私を見つめている。

「……私」

気づけば、口を開いていた。

「前も、こんな感じだった?」

「……こんなって?」

「キスしても、平気みたいな」

言葉にしてしまうと、余計に現実味が増す。

祐樹は一瞬、目を細めた。

そして、小さくため息をつく。

「……どうだろうな」

はっきりとは答えない。

少しだけ、視線を逸らす。
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