思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
自然と頭を下げる。

優しい人だと思った。それなのに。

なぜか――ほんの少しだけ、胸が高鳴る。

上司に対して抱くには、不自然なほどに。

「無理はするな。復帰の時期は医者と相談して決めればいい」

そう言って、彼は再び私の方へ手を伸ばしかける。

その動きに、私は一瞬だけ身を強張らせた。

けれど。触れられる前に、なぜか分かってしまう。

――この人に触れられるのは、嫌じゃない。

むしろ、どこか安心する。

その感覚が、余計に私を戸惑わせた。

どうして、こんなふうに思うのだろう。

初めて会ったはずなのに。

「……千紗」

もう一度、名前を呼ばれる。

今度は、少しだけ低く、抑えた声で。

その響きが、胸の奥に残る。

知らない人のはずなのに。

知らないはずなのに――どうして、この人だけが。

こんなにも、近く感じるのだろう。
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