思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
「……どうした?」

ふいに、声が落ちた。

「上の空だな」

はっとして顔を上げる。

社長が、じっとこちらを見ていた。

「……すみません」

「何かあったのか」

短く、核心を突くような問い。

その視線から、逃げられない。

何でも言い合えた仲。そう言っていた。

それなら――

「……彼氏が」

気づけば、口にしていた。

「プロポーズしたいって、言ってきたんです」

その瞬間空気が、止まった。

「……はあ?」

低く、信じられないという声。

社長の表情が、明らかに崩れる。

今まで見たことのない顔だった。

「……そうか」

呆然としたまま、ぽつりと呟く。

「行くのか」

その問いに、胸が揺れる。

「……はい」

小さく頷く。

「真剣な話です。無視できません」
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