思い出せない恋人より、忘れられない人がいる ――記憶喪失の秘書は冷徹社長に溺愛される
「……でも」

私は、ゆっくりと彼から離れた。

社長の表情が、揺れる。

「祐樹と再会する前に、言ってほしかったです」

その一言に、静寂が落ちる。

「千紗……」

苦しそうな声。

その顔を見るのが、辛くて。

私は視線を逸らした。

遅かった。そう思ってしまった。

もし、あの時――もっと早く、この言葉を聞いていたら。

きっと、迷わなかった。でも、今は。

もう、選ばなければならない。

「……行きます」

小さく告げる。そのまま背を向けた。

止められなかった。止めてほしかったのに。

足は、そのまま前に進んでいく。

向かう先は――祐樹のもとだった。
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