完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「じゃあ続きだ。フライパンの中にひき肉とバターを入れて、さらに炒める」

 静かだったキッチンに、またジュワッという音が響く。
 その音が、料理を見るモードのスイッチをまた押してくれた。

「あぁ……この匂いだけで、ご飯が進みそう」

「嘘つけ。これだけじゃ米は進まないだろ」

「たとえです、たとえ」

 ふん、と鼻で笑った橋場さんは、いつの間にか料理工程の説明を口にしなくなっていた。
 どうやら完全に集中モードに入ったらしい。
 水気を切ったジャガイモをもう一度鍋に戻し、力強く潰していく。

 腕捲りしている橋場さんの前腕が、ぎゅっと盛り上がる。
 筋肉のラインに沿って、血管がうっすら浮かび上がって……少しドキッとした。

「あ、それ……移すんだ……」

 潰したジャガイモをフライパンに加えた瞬間、思わず声が漏れた。
 それを聞いた橋場さんは、こちらを見ずに軽く頷く。

「これでタネは完成だな。あとは揚げるだけだ」

 揚げ物って、こんなに工程が多いんだ……。
 橋場さんは小さなバットを三つ並べ、薄力粉、溶き卵、パン粉をそれぞれ用意した。
 完成したタネを、迷いのない手つきで順番につけていき、そのまま熱々の油の中へと投入する。

 ジュワッ、と油が弾ける音。炒め物とはまた違う聞き心地があった。
 うん……コロッケは、到底私には作れそうにない料理だ。

「揚げてる間に、キャベツを千切りにする」

「付け合わせですね」

「やってみるか?」

「え、私? 無理です! 包丁なんて怖くて持てません!」

「……まあ、それは追い追いだな」

 そう言いながら、橋場さんはキャベツを刻み始めた。
 今度はトントントンという、一定のリズムで響く包丁の音が、キッチンに心地よく広がる……。

「よし、完成だ。今運ぶから、先に座っていろ」

 まさか、出会ったばかりの上司の手料理を、いただくことになるなんて……。

 いつの間にか炊かれていた白いご飯と、これも親戚の家から送られてきたという沢庵のお漬物が、順番にテーブルへ並べられる。
 そして最後に運ばれてきたのは、メインのコロッケが盛られた大皿だった。
 黄金色のコロッケがいくつも並び、それを支える千切りキャベツは、二人で食べるには多すぎるくらいに山盛りだ。

「すごい……揚げたてのコロッケだ……」

「取り皿はこれを使ってくれ。それじゃ、食べるぞ」

「い、いただきます!」

 左右が微妙にずれてしまった割り箸で、サクサクのコロッケを慎重に掴む。
 一度取り皿に移してから、ゆっくりとかぶりついた。

 ……サクッ。

 衣が弾ける音が口の中に響いた瞬間、ホクホクのジャガイモの甘みが一気に広がる。

「うわぁ……美味しい……」

 ああ……なんて贅沢な夕食なんだろう。
 つい今朝までは、今日もホテルでカップラーメンかな……なんて考えていたのに。
 まさか、温もり溢れる人の手料理が食べられるなんて。

 しかもこのコロッケ、何もつけなくても十分美味しい。
 いや、ということは……ソースをかけたら、もっと美味しいのでは……?

「ちょっと、ソースをお借りします」

「ん? ああ、どうぞ」

 テーブルの中央で存在感を放っていた中濃ソースを手に取り、迷いなくコロッケへ。

 ……ドバッ。

「あ、やっちゃった!」

 思った以上に勢いよく出てしまい、表面が真っ黒になる。

「おいおい、かけすぎだぞ」

 呆れた声が飛んできて、反射的に肩をすくめた。
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