完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
 子どもの私を支配するような嫌な母だったとはいえ、家事は全部やってくれた。
 ご飯の用意も、皿洗いだって、私がしたことは一度もない。
 それが母の意向だったとしても、私のために施してくれていたのは事実だ。

 光市と同棲していた時も、家のことはほとんど光市がやってくれていた。光市は几帳面で、そういうのが好きなタイプだった。
 毎日やってくれていると、その感謝は日に日に薄れていき……いつしか当たり前だと思うようになってしまった。
 結局、甘えている部分が私の中にあったのだ。

 橋場さんに言われて……気がつくことができた。

「環境のせいにするのも、良くないですよね」

 橋場さんは水切りラックの上に並べられた皿をじっと見つめ、「そうだな」と短く呟いた。
 その視線に緊張しながら、残りの食器も洗っていく。

「……よし、やればできるじゃないか」

「あ、ありがとうございます」

「ただ、勘違いするなよ」

「え?」

「これでお前のズボラが改善されたわけじゃない。肝心なのは、“まあいっか”精神を直すことだ」

「……そ、そうですよね」

 図星すぎて、言葉に詰まる。

「人は変われるが……そう簡単には変わらない。長い長い居候生活になりそうだな」

「……頑張ります」

 不安を煽られるような言葉に、顔が強張る。
 私はそれ以上何も言えず、逃げるように与えられた部屋へ戻った。
 橋場さんのいる空間から解放されると、すぐ横になりたいという弱い自分が顔を出しそうになる。
 いやいや、それじゃダメだ。このマインドだと、いつまで経っても橋場さんから卒業できない。

 とにかく、行動しないと……。
 とりあえずクローゼットを開け、服をハンガーに掛け始めた。
 適当に掛けていると……さっき見た橋場さんの険しい表情を思い出す。

「あ、適当じゃダメだ……」

 慌てて掛け直す。
 服の形が崩れないよう肩の位置を整え、間隔も少し空けて。

 こういうところから、だよね……。

「あ、あれ?」

 さっきまで着ていたジャケットのポケットに手を入れると、紙の感触がした。
 取り出してみると、ホテルのレシートだった。
 そうだ。さっき残り六泊分をキャンセルした時、払い戻しがあったんだ。

「えっと、確かカバンに……」

 仕事用のカバンを開ける。
 中には数枚の紙幣と小銭が、仕切りもなく無造作に放り込まれていた。
 完全に、適当に突っ込んだままだった。

「……こういうところよね、私……」

 小さく呟いて、苦笑する。

 ――こうして、少し不思議で厳しい……でも、どこか温度のある。
 完璧な上司との、居候生活が始まった。
< 16 / 79 >

この作品をシェア

pagetop