完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「下地とアイシャドウだけでも……」

 手早く顔を整え、最後にリップクリームを塗る。
 髪は……特にセットしなくてもいいや……。
 普段ならヘアアイロンで軽く内巻きにするところだけど、今日はそんな余裕はない。
 ズボラゆえに、手入れが楽なショートボブにしておいて良かった。
 薄メイクでもそれなりに見えるし……我ながら、楽に生きられる仕様の体だと思う。

 洗面台の前で手櫛を通し、マスクを装着する。
 よし、こんなものでいっか。

「え、もう四十五分!?」

 服装を整えることもせず、急いで家を出た。
 鍵を閉めようとしたけど、ガチャリと鳴る音でオートロックだったことを思い出す。
 エレベーターに乗っている間も、焦りで足踏みが止まらなかった。

「あっ、タクシー!」

 マンションを出てすぐの大通り。
 運よく、すぐに一台捕まえることができた。
 道は思ったより空いていて、車はスムーズに進んでいく。
 時計とフロントガラスの向こうを交互に見ながら、着実に会社へ近づいていった。

「あと五分か……」

 そのタイミングで、会社前に到着する。
 千円札を一枚置き、飛び降りる勢いで車を出た。

「お釣りは取っといてください!」

 エレベーターに乗り込みながら、目を吊り上げた橋場さんの顔を思い浮かべる。
 いや……でも。
 今朝の橋場さんは、意外なほど穏やかで優しかった。

 それに、間に合ってはいる。
 ギリギリ到着で多少バタついていても、出社時間には間に合っているんだ。

 ……大丈夫。

「おはようございます……」

 デスクに向かうと、私以外のメンバーはすでにパソコンをカタカタと打ち込んでいた。

「石田、ちょっと……」

 出社早々、橋場さんに呼び止められる。
 その一言だけで、嫌な予感が胸をよぎった。
 声色が……明らかに、私を咎めるそれだったから。

「は、はい……」

「石田、この中で一番の新人だよな?」

「……その通りです」

「なら、最低でも十分前には出社するように。皆、それくらいの時間には来て、メールチェックやスケジュール確認をしている。わかるな?」

「……申し訳ありません」

 やっぱり怒られた……。
 朝ご飯がなければ、もう少し早く来られました、なんて言い訳が一瞬浮かぶ。
 けれど、それはすぐに飲み込んだ。

 橋場さんの家に居候しているなんて、絶対に言えない。
 下手に知られたら、怪しい関係だと勘繰られるのは目に見えている。
 そんな話、他言無用どころか、一生封印だ……。

「ついでに聞くが、今日のスケジュールは把握しているか?」

「え? えっと……」

「していなければ、していないでいい」

「……すみません。確認できていません」

「そうか。今日は沖浦編集長がアポを取った洋食屋だ。スケジュールに概要が載っているから、目を通しておけ」

 あ……今日は取材の日なんだ。

 ランチ班に配属されてから、細かい引き継ぎはまだ受けていない。
 とりあえず橋場さんが把握してくれていたようで、助かった。

「ランチ時は混むから、開店前の十時にアポを入れてある。軽く内容を確認したら、すぐに出るぞ」

「わかりました。すぐ確認します」

 スケジュールに貼られたURLを開き、店の特徴やメニューに目を通す。
 沖浦さんのメモには、オムハヤシが大人気と書かれていた。
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