完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「本日は取材をお受けいただき、ありがとうございました。これから帰社して、早速校正に入ります」

「そうかいそうかい。まあ、好きにやってくれよ」

「かしこまりました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」

 扉の前で帰り際、私も並んで頭を下げた。
 おじさんの目を見て「ありがとうございました」と伝えると、にこやかにサムアップを返してくれる。

 新人感が抜けなくて、コメントも浅くて、正直ずっと恥ずかしかったけれど……。
 初めての洋食屋取材が、こんなに優しいおじさんのお店で本当に良かった。

「うわ、すごい行列……」

 店を出ると、すでに近くの会社員たちがずらりと並んでいた。
 もうお昼時か……。

「あれ……あの人……」

 列の真ん中あたりにいる、綺麗なお姉さん。
 あの人……もしかして……。

「ん? どうした?」

「いえ、何でもありません」

「何だよ。あからさまにテンション下がってるぞ」

「いや、その……」

 私が何度も視線を送っていることに、橋場さんは気づいたらしい。
 その先にいるお姉さんを見て、ぽつりと呟いた。

「……まさか」

 ……え。
 私の反応だけで……橋場さん、あの人が誰だかわかったの?

「まさか、例の彼の……あの女性か?」

「……はい、多分」

 互いに理解すると、二人ともそれ以上は何も言わず、その列の横を静かに通り過ぎる。
 お姉さんは、一緒に並んでいる後輩らしき女の子と、楽しそうに話していた。
 一瞬だけ耳に入った「最近できた彼氏が……」というその言葉で、心臓をぎゅっと掴まれたような苦しさが広がった。

「……見返すんだろ?」

 駐車場へ向かう途中、橋場さんが私の心情を察したのか、小さくそう口にした。
 あの綺麗な女性よりも、もっといい女性に。
 そんなこと、本当に私にできるんだろうか……。

「私、自信ありません……」

「弱気だな」

「だって……今日だって寝坊するし、名刺は忘れるし、おまけにチープな感想しか言えなかったし……女子力も仕事の能力も、自信ありません」

 横断歩道をとぼとぼと歩きながら、力なく言葉を並べる。
 橋場さんは、ただ無言で頷くだけだった。そのまま会話も途切れ、駐車場に着いてしまう。

 重たい空気を抱えたまま車に乗り込む。
 駐車料金を精算すると、車は大通りへと走り出した。

「……確かに、あの女性からは充実感が漂っていたな」

「やめてくださいよ……惨めになります」

「でもお前だって、まだ本気になってないだけだろ?」

「どういうことですか?」

「石田の中にあるズボラさを捨てれば、あの女性みたいに充実感に満たされるはずだ」

 そういうものなのだろうか……。
 いまいち腑に落ちず、理解しきれない。
 私に伝わっていないことがもどかしかったのか、橋場さんは少し荒くブレーキを踏んだ。

「え、橋場さん?」

「弱気禁止。石田はまだ発展途上なんだよ。黙って、俺の言うことを聞け」

 信号待ちの間、冗談めいた気配は一切なく、真剣な表情で言い切られる。
 私は張りのない声で「はい」と答え、窓の外へ視線を移した。

 そうだ……。
 橋場さんの言う通り、私は今、鍛えられている最中なんだ……。
 黙って橋場さんの言うことを聞こう。

 改めて、そう思えた。
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