完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】

第四話 健康的な生活

「弱気禁止、弱気禁止と……」

 薄く差し込む朝の光が、私しかいない静かな部屋を優しく満たしている……。

 私はこれまで橋場さんに言われた言葉を、せっせとメモしていた。
 また一つ、新しいフレーズが追加された。
 スマホのメモアプリに書き連ねた言葉の数々は、気づけばかなりの量になっている。

「……まるで性格矯正みたい」

 言われた通りにできなければ、橋場さんのもとから卒業できない。
 つまりそれは、光市を見返せるような女にはなれない、ということでもある。

「よし、ちゃんとやるぞ」

 ――こんなにも時間に余裕のある朝を過ごすのは、いつぶりだろう。

 出勤時間の一時間半前に起きて、橋場さんと一緒に朝ご飯を食べ、出勤準備も余裕をもって終えた。
 いつでも出られる状態。
 それだけで、少しだけ自己肯定感が上がった気がする。

 橋場さんはすでに家を出ていた。
 一緒に出社すると怪しまれるから、時間をずらせ……そう言われたからだ。
 だから今、私はダイニングテーブルでメモアプリを開いている。

「あ、今日の掃除項目は……」

 そうだ。まだ二十分くらい余裕がある。
 先に今日の掃除を終わらせてしまおう。

 えっと……今日は……。

「トイレ掃除か……」

 この家のトイレ掃除って、どうやるんだろう。
 一瞬固まったものの、とりあえずトイレに向かってみる。

「あ、このブラシと、クリーナーを使うのかな……」

 スプレータイプのクリーナーを便器に何プッシュか吹きかける。
 その後に、ブラシでゴシゴシと擦っていった。

 もともと綺麗なトイレだし……。
 そんなに時間がかかる作業じゃなさそうだ。

「案外、あっさり終わったな……」

 便器の中がピカピカになったのを確認して、ブラシを元の場所に戻す。
 一応、便器の中だけじゃなく、タンクや便座の部分も軽くチェックした。
 うん……特段、目立つ汚れはなさそうだ。

 気分が良くなったので、仕上げにトイレの消臭スプレーをツープッシュほど吹きかける。

「いやぁ……朝から気分がいいな」

 朝ご飯も食べて、掃除もした。
 橋場さんの言う健康的な生活を、わずかにだけ実行できた気がして、清々しさが心を包み込んだ。

「よし、そろそろ出よっと」

 外は快晴。
 オフィス街へ向かう人たちの足取りもどこか軽やかで……ああ、これぞ東京だな、と思う。
 ここから会社までは一駅。
 橋場さんの家からなら歩いても行けるけど……やっぱり電車の方が楽だし、疲れない。

 今日は、昨日取材した内容をまとめて記事を書く日だ。
 編集の腕の見せどころ……頑張らないと。

「……おはようございます!」

 会社に着くと、沖浦さんと橋場さんがそれぞれのデスクで作業をしていた。
 他のメンバーはまだ出社していない。
 こんな時間に来ることなんて滅多にないからか、沖浦さんが少し驚いた表情で顔を上げる。

「石田さん、今日は珍しいわね。いつも一番最後に来るのに」

「あ……生まれ変わろうと思いまして」

 冗談半分でそう言うと、沖浦さんはくすっと笑った。

「橋場君に、相当鍛えられてるみたいね」

 その言葉に、橋場さんは沖浦さんへちらりと視線を向け、「まあ」とだけ簡潔に答えた。
 そのやり取りを聞きながら、私は胸の奥に小さな充実感が灯るのを感じていた。
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