完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
 しまった……見られてしまった……。
 音もなく現れた橋場さんは、何事もなかったかのように自分のデスクに腰を下ろすと、パソコンを操作しながら淡々と口を開いた。

「SNSなんて、見てもいいことないぞ」

 それだけ言って、画面から視線を外さない。

「……はい。本当、その通りでした」

「……それでもまだ、その彼のことを、いいと思うのか?」

 橋場さんの目は、パソコンに向いたままだった。
 私は少し考えてから、正直な気持ちを言葉にした。

「……ええ。彼と過ごした時間は、確かに幸せでした。ありのままの自分でいられた気がして……」

「……戻れるなら、戻りたいか?」

 その質問を投げた瞬間だけ、橋場さんは顔を上げ、真っ直ぐこちらを見る。
 本音を言えば……戻れるなら戻って、一緒に生きていきたかった。
 ズボラなんか見せずにいたら、光市との未来はあのまま続いていたかもしれないだろう。

 でも、それを口にしてしまったら、今の生活を否定することになる。
 今、何とか前を向いていられるのは、間違いなく橋場さんのおかげ。
 だから私は、少しだけ言葉を濁した。

「……戻ることなんて、できないですよ」

「……そうか」

 橋場さんは短く頷き、再び画面に視線を落とす。

「石田が今、ここまで頑張っている理由の一つに、彼の存在があると思っている。だから俺のミッションは……」

 一拍置いて、はっきりと言い切った。

「彼に自慢できるくらいの女性になるまで、石田を育て上げることだ」

「橋場さん……そこまで……」

「だから、心配するな……」

 橋場さん……普段はそっけなくて、私のズボラさを容赦なく指摘してくるくせに。
 結局のところ、すごく優しい人なんだと思う。

 光市のことで気持ちが沈んだ時も……必ず、私を前に向かせてくれる。
 今のこの生活だって、ただ厳しいだけじゃなくて、そのために必要なんだと……ちゃんと気づかせてくれる。

 厳しいけど、温かみのある上司なんだ。

「橋場さん、ありがとうございます! これからもついていきます!」

「……調子づいたか? ほら、気持ちを切り替えろ。次の作業に移るぞ」

「かしこまりました!」

 よし、もうSNSなんて見ない。
 私は……光市にとって物足りないズボラ女子だったってことが、よくわかった。
 振り向いてもらう、じゃなくて、見返す。
 そのニュアンスの方が、今の自分のモチベーションを保つにはちょうどいい。

 それにしても……どうして、私の生活圏にまで光市の今の彼女が入り込んでくるんだろう。
 取材先で見かけるなんて、奇跡に近い確率だ。
 こういう時、神様って本当に意地悪だと思う。

「石田、何をしてる? 原稿を書き始めろ」

「……え、私が書いていいんですか?」

「当たり前だろ。ラーメン班の時も、お前が原稿を書いてたんだろ?」

「そうですけど……原稿は、橋場さんなりのこだわりがあるのかと……」

「俺は編集リーダーだ。他班の校正も見なきゃいけない。今回はお前に任せる」

 そ、そうか……。
 橋場さんは……沖浦さんとの進行もあるし、全体の管理もしないといけない。
 つまり、原稿を書くのは私の役目なのか。

 任されたからには、ちゃんとやらないと。
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