完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「よく噛んで食べるんだぞ」

「橋場さん、親みたいなこと言いますね」

「お前はいつも焦って食べるところがあるからな。忠告だ」

「はい……」

 この歳でそんな注意を受けるなんて……急に、恥ずかしさが込み上げてくる。
 言われた通り、意識してゆっくり箸を動かした。
 向かいに座る橋場さんの所作を真似しながら……きちんと噛みしめるように食べ進めていく。

「……うわ、チキン南蛮、美味しい……」

 サクサクの衣に、甘酸っぱいタレ。そこへ惜しみなくかかったタルタルソースが絡み、口の中で一気に広がる。
 食感も、味のパンチも、完全に私好みだ。白米が進む進む。
 煮浸しときんぴらもいい箸休めになって、かなり満足度の高い定食になっている……。

「美味いか? チキン南蛮は」

「これ、社食レベルじゃないですよ。普通にお店の味です」

「確かに、チキンもボリューミーだな……これが社食で食べられるのは、ありがたい」

「あ、橋場さんも食べます? ひと切れどうぞ」

「……いいのか?」

 その聞き方が妙に素直で、無意識に口元が緩んでしまう。
 部下のおかずをもらうなんて……とかなんとか言って、断られると思っていたのに。
 やっぱり、食欲には抗えなかったらしい。

 タルタルが多めにかかっている部分を選んで渡すと、橋場さんはそれを白米の上に一度、ぽんとバウンドさせてから口に運んだ。

「久しぶりにタルタルソースを口にしたが……やはり、美味いな」

「ですよね? 私、かなりのタルタリストなので……この量、本当にありがたいです」

 橋場さんは「タルタリストって……」と小さく笑い、味噌汁を啜った。
 揚げ物好きの私にとって、タルタルはベスト・オブ・ソースだ。
 以前はスーパーで売っているタルタルソースを、家に常備していたくらいに。

 今回だって、チキン南蛮そのものというより、タルタルが食べたくてメインを選んだ節がある。
 そう考えると、自分をタルタリストと名乗っても、間違いではない。
 白米が、あっという間に尽きそうだ。

「おい。ちゃんと米とおかずのバランスを考えて食べろ」

 私のトレイを一瞥し、明らかに釣り合っていない残量を見て、鋭く指摘される。

「……私、そういうの苦手で」

「まあ、お前の勝手だが……そういうことを頭で計算できるようになると、ズボラ卒業に一歩近づくんじゃないか」

「た、確かに……」

 一瞬、こんなところまで気を配らなきゃいけないの……なんて思いが浮かんだけど、すぐに引っ込めた。
 だって、橋場さんの言う通りだ。
 普段から深く考えず、感覚だけで物事を進めてしまうから……ズボラだの、適当だの、そう思われてしまう。

 そっか……。
 常に自分に矢印を向けて、考えて行動しないと……このズボラさは、きっと矯正されない。
 だから橋場さんは仕事だけじゃなく、こんな日常の些細な行動まで、私に指摘してくれるんだ。

「橋場さん、ありがとうございます」

「ん? どうした、急に」

「いえ……いつも、私のことを考えてくれてるんだなって……今、実感して」

「……ふっ。いいから、黙って食べろ」
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