完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
 橋場さんは褒められ慣れていないのか、少し照れたように目線を落とした。
 こういう普段の橋場さんから外れた一面を見られるのも、最近の密かな楽しみになっている。
 その後は特に言葉を交わすこともなく、淡々と箸を進めた。

 そして……私と橋場さんは、ほとんど同じタイミングで箸を置く。

「あー、美味しかったですね」

「ああ。社食で食べるのも、悪くないな」

「ですね。毎日来てもいいくらいです」

「まあ、俺たちは取材があるからな。食べられる日は限られているが……なるべく来たいところだな」

 そう言いながら、橋場さんは周囲をキョロキョロと見渡していた。
 何か探している様子だ。

「どうかしました?」

「いや……温かいお茶でも飲もうかと思って」

「お茶ですね! 私、取ってきます!」

 上司より先に動く。
 それが、部下のあるべき姿だ。
 私はレジ横に設置された給茶機へ、迷いなく向かった。

「はい、お待たせしました!」

 こういう時、以前の私なら調子に乗ってこぼしたりしていた。
 でも、ちゃんと学習している。
 手元を意識し、動作を確認しながら慎重にテーブルまで運んだ。

「……ありがとう」

 キビキビ動く私を見て驚いたのか、橋場さんの表情が一瞬固まったように見える。
 ちょっとは成長……見せられたかな?

 私はお茶を啜りながら、「どうですか」と言わんばかりに、誇らしげな視線を向けた。
 だけど橋場さんは、私の表情には目もくれず……別の方向を見ていた。

 え……褒めてくれないの?
 というか、どこ見てるんだろ……。

「橋場、さん……?」

 橋場さんの視線の先を追って、私も顔を上げる。
 そこには、社食の壁に設置された大画面テレビがあった。

 何を見ているんだろうと、私も目を凝らす。
 映っていたのは、平日の昼に放送されている生活情報系のバラエティ番組だった。
 画面の中では、モデルのように整った顔立ちの女性が、何かの企画で料理をしている。

「橋場さん、あの番組、好きなんですか?」

「ん? あ、いや……テレビはあまり見ない」

「そうなんですか……じゃあ、料理に興味があるんですね?」

「……料理なんて、特別珍しいものでもないだろ」

 興味がないような口ぶりなのに、視線だけはテレビから外れない。
 言葉と態度が、ちぐはぐだ。

 もしかして……。

「じゃあ、あの人が好きなんですか? 今出てる、綺麗なモデルさん」

 その言葉を投げた瞬間だった。
 橋場さんは、はっとしたように私の方を向く。

 え、図星……?
 一瞬だけ、橋場さんの顔が赤くなった気がした。

「あいつはモデルじゃない。料理研究家のインフルエンサーだ」

「インフルエンサー? 詳しいですね、橋場さん」

「……別に」

「それで、好きなんですか? あの人のこと」

「……関係ないだろ」

 短くそう言うと、橋場さんは湯気の立つお茶をゆっくりと啜り、目を閉じた。
 今、一瞬だけど……感情が揺れたように見えた気がする。

 ほんの細やかな変化で、確信と呼ぶには弱い。
 それでも……少し、苛立ったように見えたのは……気のせいじゃないと思う。
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