完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】


  * * *


 ――その男は、何の前触れもなく現れた。

「本日より勤務となる、橋場(はしば)律人(りつと)です……」

 週明け、月曜日の朝。

 昨日は結局、カップラーメンを食べた後、そのまま爆睡。
 目を開けたら朝で、シャワーを浴びる時間すらギリギリだった。

 顔はむくんでいるし、朝ご飯は当然抜き。
 そのせいか頭もぼんやりしていて、コンディションは最悪だ。

 そんな状態で迎える、少し長めの朝のブリーフィング。
 同じ編集チームの面々が、拍手でその男を迎え入れている。

 正直、拍手する元気もない。

「橋場君はこれまで、フリーのフードライターとして活躍していたんだけどね」

 編集長の沖浦(おきうら)さんが、男の隣に立ちながら楽しそうに説明を続ける。

「このたび、我が社に来てくれることになりました」

 どうやら、この人をヘッドハンティングしてきたのは沖浦さんらしい。
 沖浦さんは、小さな子どもを女手一つで育てながら、着実に仕事をこなすバリキャリ系の女性だ。
 面倒見もよくて、頼れるお姉さん的存在……そして、私の上司でもある。

「橋場君には、ランチ班として動いてもらいつつ、編集リーダーをお願いするわ」

 ……編集リーダー?

「皆さんの原稿をまとめるポジションになりますので、どうぞよろしくね」

 少数精鋭の私たちは、それぞれが小さく頷いた。
 日常に寄り添う“食”をテーマにしたグルメ誌『いくぐるめ』。
 それを発行している「月精社」の中でも、この編集チームはたった五人で回している。

 ――つまり。

 この男が六人目になる。
 しかも、いきなりまとめ役として、私たちの前に現れた。

「石田さん、ちょっといい?」

 いつもより長引いたブリーフィングが終わると、沖浦さんが私を呼び止めた。
 皆がそれぞれのデスクへ散っていく中、私だけが前方にある沖浦さんのデスクへ向かう。
 男も……いや、橋場さんも一緒だった。

「石田さん、新卒でここに入ってきて……あれ、もう半年経った?」

「あ……そうですね」

「そうよね。もう十月だもの」

 沖浦さんは、ふむふむと一人で頷いた後、意味ありげに笑った。

「そろそろ仕事にも慣れてきた頃だと思うの。だからね……配置転換をするわ」

「……はい?」

 背中を嫌な汗がつたっと流れる。
 沖浦さんは私の目を、真っ直ぐに見つめて言った。

「今日から橋場君の下についてもらいます。ラーメン班から、ランチ班に移ってちょうだい」

「え、ええ……?」

 ちょ、ちょっと待って。
 私、この人と……同じ班?
 思わず横に立つ、橋場さんを見上げてしまう。

 第一印象は、正直あまり良くなかった。
 背が高くて細身。顔立ちは整っていて、いわゆる塩顔というやつ。
 奥二重の切れ長の目に、白くて綺麗な肌。ほんのりパーマのかかった短めの黒髪。

 女子人気は、絶対に高い。
 でも、私とは全く正反対の人種だと思った。

「早速で申し訳ないが、石田が対応可能な業務の確認をさせてほしい。朝はその時間に費やす。問題ないな?」

「え? あ……は、はい……」

「では、五分後に俺のデスクへ来てくれ」

 融通という言葉を知らなさそうな口調。きっちり、かっちり、隙がない。
 ラフで適当な私とは、まるで別の世界の住人だ。

 これ、完全にハズレくじ引いたんじゃない……?
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