完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「橋場君、クールでしょ?」

 自分のデスクに戻り、黙々と整理を始めた橋場さんの背中を眺めながら、沖浦さんがふっと笑った。

「……そうですね」

 クール、というか。
 人に合わせる気がなさそう、というか……。
 私の反応を感じ取った沖浦さんは、少し声を落として続けた。

「あなたは愛嬌もあるし、取材力もあって……悪くないと思ってるのよ」

「……あ、ありがとうございます」

「でもね」

「……で、でも?」

「仕事がちょっと適当なところがあるわ。特に最近」

「す、すみません……」

 思い当たる節は、正直ありすぎる。
 イージーミスは日常茶飯事だし、この性格だから、つい「まあいっか」で済ませてしまうことも多い。
 即座に反省すると、沖浦さんはすぐに表情を和らげた。

「でもね、石田さんだからできることもあるわ」

「……え?」

「可愛いし、人懐っこいでしょ。取材先の人に気に入られること、多いじゃない」

「まあ……はい」

「伸びしろはかなりあるわ。だからね、成長できる人の隣にいた方がいいと思ったのよ」

 几帳面に書類を揃えている橋場さんを見ながら、一度だけ頷く。
 橋場さんが私を……成長させてくれる……。

「ほら、私たち見ての通り少ない人数でやってるでしょ? デスクの島だって、フロアの端っこだし」

 それは、確かにそう。
 社内でも『いくぐるめ』チームは特に少数精鋭。
 私の成長が、そのままチームの戦力に直結する。
 だから、優秀な橋場さんの下につける、という判断なのだろう。

「ま、たくさん学んできなさい」

 軽い口調なのに、逃げ場はない。

「……か、かしこまりました」

 沖浦さんに言われたら……素直に従うしかない。
 私は今まで、この環境に甘えすぎていたのかもしれない。

「……石田さん、残念だねぇ」

 隣のデスクから、のんびりした声がかかる。

「もっと一緒に、都内のラーメンを深掘りしたかったなぁ」

江本(えもと)さん……」

 ラーメン班担当の江本さんだ。
 黒縁メガネにくるくるパーマ。芸人さんにいそうな雰囲気なのに、誰に似ているのかは思い出せない。

「ラーメン班、一人にさせちゃいますけど……私、ラーメン巡りも怠らないので」

「うんうん、頼むよ。美味しい店見つけたら、僕にも教えて」

「はい!」

 江本さんとは、この半年間ずっとコンビを組んできた。
 私より二年先輩で、とにかく穏やかで、いい人。
 班と呼んではいるけれど、実質は一人で担当しているのが、このチームの実情だ。

 ランチ班、ディナー班、ラーメン班、スイーツ班。
 そして、それらをまとめる編集長の沖浦さん。
 これまでランチ班は沖浦さんが兼任していたけど、今日からは私と橋場さんが担当する。

 計六人で始まる、新たな体制。

 ……不安でしかない。

「五分、経ったかな……」

 時計を確認しながら、橋場さんのデスクへ向かう。
 一歩進むごとに、心臓の音が大きくなっていく。

「橋場さん、よろしくお願いします」

「……三十秒、遅れたな」

「……え?」

「三十秒遅れだ。次からは遅れないように」

「え、たった三十秒じゃ……」

「俺からしたら遅刻に入る」

 ピタリと、冷たい視線が向けられる。

「取材する側が遅刻したら、大変失礼だろう? 以後、気をつけるように」

「……は、はい」

 想像していた通り……最悪でした。

 即刻、退職届を提出したい気分になったけれど……我慢我慢。
 ここで逃げたら、私は生きていけなくなる。
 橋場さんは席を立ち、「会議室を押さえてある」と、それだけ告げた。
 有無を言わせない口調に、私は慌てて後を追う。
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