完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「もうそろそろ、飯ができるぞ」

 気落ちしながら床を拭いていると、キッチンからバリトンボイスが聞こえてきた。
 その一言で、シュンとした気持ちが一気に吹き飛ぶ。
 こうやって、毎日厳しい言葉をかけられてはいるけれど……それでも、橋場さんの作る夜ご飯は、私にとって確かな拠り所だ。

 橋場さんは、お店を出せるんじゃないかと思うほど料理が上手い。
 取材で実際に食べた料理からヒントを得ているらしく……家なのに、まるでレストランみたいな一皿が当たり前のように出てくる。

「今日はポークソテーとポテトサラダだ。オニオンスープもあるぞ」

「え……幸せなんですけど」

「大袈裟だな。今、ライスとスープ持ってくるから、座って待ってろ」

 テーブルに並ぶ白い丸皿には、きのこソースがたっぷりとかかったポークソテー。
 ポテトサラダはレタスの緑が多めで、見ただけでシャキシャキ感が伝わってくる。
 ライスも、ステーキハウスで出てくるみたいに平たく美しく盛られていた。

「ここ……レストランですか……?」

「違う、俺の家だ。今日はちょっと、肉が食べたい気分でな」

「毎日でも食べたいです。お肉」

「……たまには魚も食べるけどな」

「それは……そうですね」

 会話をしながら、涎が垂れそうになるのを必死に堪える。
 そんな私の様子を楽しむように、橋場さんはじっとこちらを見ていた。

「何ですか、そんなに見て」

「早く食べたいか?」

「食べたいですよ! 早くいただきますしましょ!」

「ふん、わかったよ。それじゃあ」

「いただきます!!」

 心の中で、「私は犬か」とツッコむ。
 しつけのために、すぐに食べさせてもらえず……限界まで我慢させられていた気分だった。

「うわ、このポークソテー、柔らかくて美味しい……」

 ナイフを入れると、スッと抵抗なく切れる。
 口に運んで噛めば、ほろりと崩れて、きのこソースの旨みが一気に広がった。
 そこに肉の甘みが重なって……もう、反則級の美味しさだ。

 フォークの背にライスを乗せて一緒に頬張る。
 ……生きてて良かったと、心の底からそう思った。

「ポテサラも美味いぞ。食べてみろ」

「はい!」

 油で重たくなりかけた口の中が、ポテトサラダで一気にリセットされる。
 シャキシャキのレタスが、肉を食べている罪悪感をさっぱり洗い流してくれる感じだ。
 その流れでオニオンスープを口に含むと、じんわりとした温かさが胃の奥へ落ちていった。

 ああ……満たされていく……。

「橋場さん、今日のご飯も最高です。家でナイフとフォークを使うなんて、今までほとんどなかったです」

「ステーキとかハンバーグとか、家で食べたことないのか?」

「……実家ではありましたけど、それ以来は一回もありません」

「まあ、普通はやらないか。俺は家でもステーキが食べたいし、ポークソテーも食べたい。こういう洋食が好きなんだ」

「わかります! 良かった……橋場さんと食の好みが一緒で……」

 橋場さんは鼻で小さく笑って、「そうだな」と短く答えた。
 その表情は、どこか満更でもなさそう。
 やっぱり、この人が嬉しそうにしていると、私まで自然と笑顔になる。

 ――もっと、この人に笑ってほしい。
 もっと……この人に認めてもらいたい。
 最近はよく、そう思うようになった。

 気づけば、橋場さんのことばかり考えてしまっている。
 そして決まって、その次にエマリさんのことが思い浮かぶのだった。
 どうして、こんなに意識しているのか……この感情が何なのか、自分でもよくわからない。
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