完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
 そうだ……私には、橋場さんがいる。
 失敗なんて、恐れなくていい。
 今の私は、鍛えられている最中なんだ。
 ミスの連続の中から、確かな成功体験を拾い集めていく。その小さな積み重ねが、いつか一人前の私を作り上げていくんだ。

 だから……橋場さんの言う通り、自信を持とう。
 自信がなければ、失敗する勇気さえ持てなくなってしまう。

「明日は、よろしくお願いいたします!」

 この一か月で、私のズボラポイントは、橋場さんによってかなりの数あぶり出された。
 でも……その分、少しずつクリアできている。
 進歩しているんだ。

 何度も自信をなくして、そのたびに立ち止まりそうになるけれど……橋場さんがいるから、前を向ける。
 叱られて、考えて、またやり直して。その繰り返しが、今の私を支えている。
 明日も、自信を持って取材に挑もう。

「ちゃんとアラームをセットして……おやすみなさい」

 この布団の感触にも、すっかり慣れた。
 一回のアラームでは起きられないことも、十分わかっている。
 起きなければならない時刻の三十分前から、五分刻みでアラームを設定する。
 そうすれば、遅刻はしない。

 自分のズボラさを否定するのではなく、認めて対策を立てる。
 それが、橋場さんとの規則正しい生活の中で、自然と身についてきたことだ。

 ……明日も大丈夫。
 私が主導で取材をすることになっても、自分の良さを活かした取材ができるはず。
 人当たりの良さだけが、私の取り柄なんだから。
 そう心の中で言い聞かせながら、ゆっくりと目を閉じた。

 その夜……私は光市のことを、私から振る夢を見た。


  * * *


 ――次月号の特集は、“老舗の一品”。

 今日の取材先は、五反田で創業六十年を誇る蕎麦屋、「みりょく庵」だ。
 古びた雑居ビルの一階に構えるその店は、暖簾をくぐった瞬間、木の温もりを感じさせる落ち着いた空間が広がっている。

「ちょっと待ってな。今、暖簾下げてくっから」

 腰の曲がったおばあさんが、ゆっくりと入口へ向かう。
 昼営業が終わり、夜の仕込みに入るまでの合間の時間を使って、取材を受けてくれることになっていた。
 私たちはテーブル席に腰を下ろし、静まり返った店内で店主さんが現れるのを待つ。

「ほいほい、お待たせ」

 おばあさんと同じくらいの年齢だろうか。
 奥の調理場から、白髪のおじいさんが姿を現した。
 立ち上がり、すぐに名刺を差し出すと、無言で受け取られる。
 目を細めながら私の名前を確認し、一度頷いてから、名刺をテーブルの上に置いた。

 近くで見ると、白い調理服にはうっすらと蕎麦粉が付いている。
 目尻は下がり穏やかな印象なのに、その奥の眼光は鋭く、長年包丁を握ってきた職人の気配を感じさせた。

「それで、何話せばいいの?」

「あ、えっと……」

「ええっ?」

 まだ何も言っていないのに、聞き返される。
 その瞬間、胸の奥がひやりとした。
 しまった……ここまでご高齢だと、取材自体が負担になるかもしれない。
 本来なら、今日は息子さんが対応してくれるはずだったのに……。

「あんた、その姉ちゃんは何も言ってねぇべ。ごめんな、ウチの父ちゃん、耳が遠くてよ」

 暖簾を運びながら、おばあさんが朗らかに笑う。
 その一言で、張りつめていた肩の力がふわりと抜けていった。
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