完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「あ、あの……本日、息子様は?」
遠慮がちにそう尋ねると、おじいさんはゆっくりと椅子に腰を下ろした。
そして、斜め上を見つめたまま、小さく「死んだ」と答える。
「え……」
一瞬で、血の気が引くのを感じた。
喉の奥から怯えた声が漏れ、隣を見ると……橋場さんも私と同じように完全に固まっている。
張りつめた沈黙が店内を覆った、その直後。
「アハハハハ!」
奥の方から、おばあさんの豪快な笑い声が響いた。
慌てた様子でこちらへ戻ってくる。
「ちょっと父ちゃん、勝手に殺すなや。ごめんなぁ……この人、こんな顔して冗談好きなのよ」
「あ……冗談、ですか」
「そうそう。息子はピンピンしてるわ。今日はどうしても外せない用ができてね。ほんと、ごめんねぇ」
「あ、いえいえ! えっと……息子様が確か、このお店の……」
「三代目やね。この人が二代目。私たちもまだ働けるからさ、今は息子夫婦と四人でやってんの」
「そうだったんですね……」
おばあさんはとにかく話し好きで、声もはっきりしている。
一方のおじいさんは無骨な印象こそあるものの、決して無愛想ではなさそうだ。
おばあさんも席に着き、四人で向かい合う形になる。
「本日は、“老舗の一品”という特集で……こちらの名物、季節の天ぷら蕎麦について取材に伺いました」
「季節の天ぷら蕎麦ね! これねぇ、先代が天ぷら好きでさ。季節ごとに旬のものを出してたら、いつの間にか名前になっちゃったのよ。だからウチら、特別なことなんて何もしてないの!」
そう言って、おばあさんはおじいさんの方を見る。
「ねぇ、父ちゃん?」
「ああ、んだ」
話しやすい空気が出来上がり、会話はどんどん進んでいった。
息の合ったご夫婦のおかげで、テンポよく言葉のやり取りが続いていく。
主に話してくれるのはおばあさんだけれど、要所要所で挟まれるおじいさんの一言が不思議と……とても深い。
あれ? 最初に感じていたあの緊張感は……どこへ消えていったのだろう。
いつの間にか懐に入ることができ、仕事のプレッシャーなんて感じずに堂々と取材ができていることに気がついた。
「本日は貴重なお話、ありがとうございました。それでは最後に……季節の天ぷら蕎麦をいただいてもよろしいですか?」
「あら、もうこんな時間じゃないの。父ちゃん、よろしくね」
「……ヘイヘイ」
ぬるりと立ち上がったおじいさんが、調理場へ向かう。
その後ろを、カメラを構えた橋場さんが追いかけた。
料理中のカットも忘れてはいけない。
今回は橋場さんが撮影担当で、私はおじいさんに立ち位置や目線を伝える役に回る。
その間も、「カッコよく撮ってやってよ」というおばあさんの楽しげな声が、店内に響いていた。
終始和やかな空気のまま撮影は終わり……ほどなくして、季節の天ぷら蕎麦が完成する。
「はい、お待ちどうさま」
おばあさんが運んできた器を見て、言葉を失う。
サツマイモにカボチャ、ホタテとカキ……それに定番のエビまで。天ぷらが所狭しと並んでいる。
「これは……ずいぶん豪華だな」
唸りながらシャッターを切る橋場さんの気持ちが、よくわかる。
こんな天ぷら蕎麦を前にしたら、誰だって無条件に頬が緩むはずだ。
「よし、バッチリだ。それじゃあ……いただくとしよう」
橋場さんの視線が、「先に食べろ」と言っている。
私は丁寧に箸を割り、まずは蕎麦から口に運んだ。
遠慮がちにそう尋ねると、おじいさんはゆっくりと椅子に腰を下ろした。
そして、斜め上を見つめたまま、小さく「死んだ」と答える。
「え……」
一瞬で、血の気が引くのを感じた。
喉の奥から怯えた声が漏れ、隣を見ると……橋場さんも私と同じように完全に固まっている。
張りつめた沈黙が店内を覆った、その直後。
「アハハハハ!」
奥の方から、おばあさんの豪快な笑い声が響いた。
慌てた様子でこちらへ戻ってくる。
「ちょっと父ちゃん、勝手に殺すなや。ごめんなぁ……この人、こんな顔して冗談好きなのよ」
「あ……冗談、ですか」
「そうそう。息子はピンピンしてるわ。今日はどうしても外せない用ができてね。ほんと、ごめんねぇ」
「あ、いえいえ! えっと……息子様が確か、このお店の……」
「三代目やね。この人が二代目。私たちもまだ働けるからさ、今は息子夫婦と四人でやってんの」
「そうだったんですね……」
おばあさんはとにかく話し好きで、声もはっきりしている。
一方のおじいさんは無骨な印象こそあるものの、決して無愛想ではなさそうだ。
おばあさんも席に着き、四人で向かい合う形になる。
「本日は、“老舗の一品”という特集で……こちらの名物、季節の天ぷら蕎麦について取材に伺いました」
「季節の天ぷら蕎麦ね! これねぇ、先代が天ぷら好きでさ。季節ごとに旬のものを出してたら、いつの間にか名前になっちゃったのよ。だからウチら、特別なことなんて何もしてないの!」
そう言って、おばあさんはおじいさんの方を見る。
「ねぇ、父ちゃん?」
「ああ、んだ」
話しやすい空気が出来上がり、会話はどんどん進んでいった。
息の合ったご夫婦のおかげで、テンポよく言葉のやり取りが続いていく。
主に話してくれるのはおばあさんだけれど、要所要所で挟まれるおじいさんの一言が不思議と……とても深い。
あれ? 最初に感じていたあの緊張感は……どこへ消えていったのだろう。
いつの間にか懐に入ることができ、仕事のプレッシャーなんて感じずに堂々と取材ができていることに気がついた。
「本日は貴重なお話、ありがとうございました。それでは最後に……季節の天ぷら蕎麦をいただいてもよろしいですか?」
「あら、もうこんな時間じゃないの。父ちゃん、よろしくね」
「……ヘイヘイ」
ぬるりと立ち上がったおじいさんが、調理場へ向かう。
その後ろを、カメラを構えた橋場さんが追いかけた。
料理中のカットも忘れてはいけない。
今回は橋場さんが撮影担当で、私はおじいさんに立ち位置や目線を伝える役に回る。
その間も、「カッコよく撮ってやってよ」というおばあさんの楽しげな声が、店内に響いていた。
終始和やかな空気のまま撮影は終わり……ほどなくして、季節の天ぷら蕎麦が完成する。
「はい、お待ちどうさま」
おばあさんが運んできた器を見て、言葉を失う。
サツマイモにカボチャ、ホタテとカキ……それに定番のエビまで。天ぷらが所狭しと並んでいる。
「これは……ずいぶん豪華だな」
唸りながらシャッターを切る橋場さんの気持ちが、よくわかる。
こんな天ぷら蕎麦を前にしたら、誰だって無条件に頬が緩むはずだ。
「よし、バッチリだ。それじゃあ……いただくとしよう」
橋場さんの視線が、「先に食べろ」と言っている。
私は丁寧に箸を割り、まずは蕎麦から口に運んだ。