完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「うわぁ……美味しい」

 麺つゆにさっとくぐらせ、スルスルと啜る。
 北海道・十勝産の蕎麦粉を使った、細めの二八蕎麦。
 こんなに喉越しが良くて、それでいてしっかりとしたコシのある蕎麦を食べたのは……初めてかもしれない。

「いい食べっぷりだねぇ」

 おばあさんが、嬉しそうに目を細めて笑う。
 私は箸を止められず、もうひと口、蕎麦を啜った。
 それを見ていたおじいさんが、私を指差して声をかける。

「どうして、この味が出せるかわかる?」

 ぽつりと投げかけられた問いに、頭がすっと冷えた。
 おじいさんは何も言わず、ただ私の答えを待っている。

 どうして、この味が出せるのか……。

「蕎麦の実の白い部分を使って、毎日手打ちしていると……さっき伺いました。きっと、その愛情が、この蕎麦に詰まっているんじゃないでしょうか……」

 考えるより先に、言葉が口からこぼれ落ちた。
 頭の中で整理しなくても、思っていたことが、そのまま形になった感覚。
 おじいさんは「おお」と声を上げ、のけ反るようにして一度頷く。
 そして私の目を見て、大きな声で言った。

「正解」

 その一言に、おばあさんも手を叩いて喜ぶ。

「よくできたお姉ちゃんだねぇ。父ちゃん、頑張ってやってきて良かったね」

 そう言いながら、おばあさんはおじいさんの肩に、そっと手を置いた。
 私の拙い言葉で、こんなにも喜んでくれるなんて……。
 胸の奥が熱くなって、泣きそうになってしまった。

 ああ……私、この仕事を選んで良かったな。
 隣では、この空気を感じつつも食欲を抑えきれない橋場さんが、黙々と麺を啜る音を立てている。

「本当だ。麺一本一本に、魂を感じる……」

 橋場さんがぼそりと呟くと、おばあさんはまた嬉しそうに手を叩いた。
 そのまま箸は止まることなく動き続け、蕎麦はあっという間に完食された。私が話している間に、天ぷらも半分ほど姿を消している。
 途中で「全部食べられたらどうしよう」と不安になり、ついチラチラと橋場さんの手元を見てしまう。

 話がひと段落したところで、ようやく箸が渡された。

「……天ぷらに使われている食材の仕入れ先は……」

 橋場さんが真剣な表情で質問を続ける中、私は残されたカボチャとカキの天ぷらをいただく。
 当然のように、天ぷらも美味しい。
 このセットを目当てに、毎日のように通う常連さんがいるという話にも、深く頷けた。
 橋場さんは、記事にできそうな細かなポイントを丁寧に拾い上げていき、最後の最後まで取材の手を緩めることはなかった。

「大変美味しくいただきました。本日は取材にご協力いただき、ありがとうございました」

 橋場さんが頭を下げると、おばあさんの「こちらこそ」という明るい声が返ってきた。
 最後に、店構えを背景に、ご夫婦二人のにこやかな写真を撮らせてもらう。

「ありがとうございます! こちらの写真も、使わせていただきますね!」

「はいはい。お姉ちゃんのセンスにお任せしますよ。今日は良かったね、父ちゃん?」

「……ああ。いい思い出になったわい」

 最後まで、笑顔の絶えないご夫婦だった。
 別れ際におじいさんからかけられた「体に気をつけるんだぞ」という言葉が、心の奥底にじんわりと染み込んでいく。
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