完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「……素敵なご夫婦だったなぁ」

 ――帰りの車内。
 助手席に座る私は、窓の外を流れる景色を眺めながら声に出していた。
 ちょうど西日が差し込んでくるけれど、不思議と眩しさは気にならない。
 むしろ、その柔らかさが心地よかった。

「ああ。二人とも、互いに信頼し合ってるのが伝わってきたな」

「ですよねぇ。あんなふうに、好きな人とずっと人生を共にできたら……幸せなんでしょうね」

「……このままの石田だと、そのズボラさに愛想を尽かされる未来が、簡単に想像できるけどな」

「ちょっと橋場さん。今、せっかくいい気分なんですから、水を差さないでください」

「すまんすまん」

 とはいえ……橋場さんの言っていることはもっともだ。
 現に私はそれで、光市に愛想を尽かされてしまった。
 思い出すと、惨めになる。

「まあ、でも」

 信号待ち……静かに止まった車内に落ちた沈黙を、橋場さんが破った。
 私は窓から視線を離し、運転席の横顔を見る。

「……今日の取材は、とても良かった。空気感も、内容も、申し分なかっただろう」

 その言葉の直後、信号が変わり、車はゆっくりと走り出した。
 褒められるなんて思ってもみなかったので、自然と頬が緩んでしまう。

「ずいぶんと嬉しそうだな」

「……だって、まさか橋場さんから褒めてもらえるなんて、思わなかったので」

「褒めはしたが、調子に乗るなよ。編集としても、人間としても、まだまだひよっこなんだからな」

「わかってますって! でも……嬉しいです!」

「……ふん」

 そっけない返事とは裏腹に、その声はどこか柔らかく聞こえた。

 橋場さんと出会ってから……私の中の自己肯定感は確実に上がってきている気がする。
 最初は適当なところばかりが目につき、修正されてばかりだった。いや、それは今も変わらない。
 けれど橋場さんの言葉は、いつも私のためだった。
 それがわかるからこそ、応えたい一心で必死に食らいついてきた。
 その積み重ねが、少しずつ確かな成長になっている。

 仕事も、以前よりできることが増えた。
 このままいけば……ズボラ女子、あっけなく卒業できそう?
 ……なんて。さすがに驕りすぎだけど、体感としてはそれくらい変われている自信がある。

 ――卒業、か。

 その二文字が頭に浮かんだ瞬間、心臓がドクッと音を立てた。
 いつかは橋場さんと、一緒に過ごさない日常が来る……そう思っただけで、言いようのない寂しさが込み上げた。

「石田、どうした」

「は、はい?」

「こっちを見たまま固まってるから」

「あ、ちょっとボーっとしてました」

「人の顔を見ながらボーっとするな。気になるだろ」

「す、すいません……」

 いけないいけない……余計なことを考えてしまった。
 私は自分自身を変えるために、居候させてもらっているんだ。
 いつまでも橋場さんに甘えてはいられない。
 それは、橋場さんにとって迷惑になる。
 橋場さんのもとから離れるという寂しさなんて、意識できる立場ではないだろう。

「帰ったら、今日の書き起こし、すぐ始めますね!」

「ん? 今日はもういいんじゃないか。残業になるぞ」

「やれるところまで、やります!」

「……そうか。じゃあ、俺も付き合おう」

 ……そう。
 会社のため、自分のため、そして橋場さんのために。
 余計な感情は胸の奥にしまい込んで、今は成長するだけだ。

 そう、心の中でそっと誓った。
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