完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
 橋場さんはロングコートを脱ぎながら、リビングに入ってきた。
 タートルネックにワイドパンツ。全身をダークトーンでまとめた橋場さんの私服姿は、いつ見ても落ち着いた印象だ。

「は、はい……ついさっき帰ってきたところで」

「そうか。キッチン、掃除したのか?」

「今終わりました。橋場さんに教わった手順通りに……」

 橋場さんはすぐにチェックモードに変わり、キッチンへ足を踏み入れる。
 目を細め、隅々まで視線を走らせていく。
 この瞬間は、いつも緊張感が走る。

「……よし、いいじゃないか。細かいところまで、きちんと拭けているな」

 その柔らかな表情を見て、ようやく肩の力が抜けた。
 安堵の息が、自然とこぼれる。
 それを聞いた橋場さんは、くすりと笑いながら、そのまま洗面台へ向かった。

「そんなに気を張らなくてもいいだろう」

「だって、橋場さんに怒られたくないので」

 話を続けたい気持ちが勝って、洗面台までついて行ってしまった。
 背後の気配に気づいた橋場さんは、手を洗いながら「もう慣れただろ」と、からかうように言う。
 あれ、何だか橋場さん……上機嫌? な感じがする。

「橋場さん、今日はどこ行ってたんですか?」

「ああ……ちょっとな。石田はどうだったんだ? 美味いもの、食べてきたのか」

「え、ええ。今日はイタリアンでした」

「イタリアンか……いいな」

 うがいが始まったのをきっかけに、私はリビングへと戻る。
 結局、どこに行っていたのかははぐらかされてしまった。
 いつもより明るいその様子が、どこか落ち着かなくて……何があったのか、どうしても気になってしまう。

「橋場さん、ケーキ買ってきました」

 ダイニングにケーキの箱を運び、声をかける。
 とりあえず、まずはティータイムだ。
 案の定橋場さんは、「今紅茶を入れる」とやや高いトーンで応えてくれた。

「俺のために、買ってきてくれたのか?」

 橋場さんのお皿に、ショートケーキとフォンダンショコラが並ぶ。スフレチーズケーキを選ぶと思っていたので、意外だった。
 私は「いつもお世話になっているので」と返答すると、橋場さんは紅茶をひと口含み、「ふん」と小さく鼻を鳴らした。

「ありがとな」

 照れくさそうに視線を落とし、小さく呟く。
 まさか感謝の言葉が飛んでくるとは思っていなかったので、頬が緩んでしまった。

 橋場さんと過ごす、この穏やかな時間。できることならずっと続いてほしい。
 気づけば、互いに黙々と食べ進めていた。
 それだけ体が、甘いものを欲していたのかもしれない……。

「あ、そうだ」

 全部食べ終えた橋場さんが、おもむろに席を立つ。
 ソファに置いてあったカバンから何かを取り出し、すぐに戻ってきた。

「これ、ゲットしたんだ」

 差し出された手の中にあったのは、アニメキャラクターとコラボした、豊臣秀吉のアクリルスタンドだった。
 可愛らしいデザインが目に入った瞬間、胸の奥がざわつく。

「どうしたんですか、これ?」

「知り合いから譲ってもらった。また一つ、秀吉グッズが増えたな」

 知り合いから?
 頭の中に、エマリさんのプロフィールが浮かんだ。
 エマリさんの尊敬する人も、豊臣秀吉だったはず。
 こんなに可愛らしいデザインのものをプレゼントするのは、間違いなく女性だろう。

 つまり、橋場さんは今日、エマリさんと会っていた……ってことなのか。
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