完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「……うわぁ、降ってきたし」

 駅から橋場さんの家へ向かう途中、急な豪雨に襲われた。
 私は慌てて歩道沿いの不動産会社の軒下へ駆け込み、激しく降り注ぐ雨を見つめる。
 でもすぐに店の中の人の視線が気になって、扉に貼ってある賃貸物件の資料へ目を向けた。

「え、今ってこんなに高いんだ……」

 ワンルームなのに、家賃が十万以上……立地が良いのはわかるけど、それにしても高い。
 でも……そろそろ、本気で独り立ちを考えないといけない。
 もし光市とやり直すことになったら、前の家に戻ることになるのか……。
 だとしたら引っ越し先を見つける必要もないし、お金もかからない。

 とにかくこれ以上、橋場さんの家にお世話になるのは……橋場さんに迷惑がかかるだろう。

「やっぱり、傘を忘れていたみたいだな」

 え……この声……。
 雨がアスファルトを激しく叩く音の中に、聞き慣れた低い声が混ざった。

「橋場さん……」

 振り返ると、大きな傘を差した橋場さんが立っている。
 右手で傘を持ち、左手はポケットの中だ。

「石田のことだ。どうせ天気予報を見てなかったんだろう」

「橋場さん、どうして……」

「……歩きながら話そうか」

 大きな傘の中へ入るよう、橋場さんが視線で促してくる。私は小さく頷き、その懐へ身を寄せた。
 今までにない密着感に、心臓が嫌でも高鳴る。

「すまん。傘、一本しか持ってこなかった」

「い、いいえ。むしろ、ありがとうございます」

 少し間を置いてから、橋場さんが再び「すまんな」と口にした。
 何について謝られているのかわからず、私はきょとんとしながら橋場さんを見上げる。

「さっき……家を出る前のことだ。変に突っかかってしまった」

「……それは、私の方こそ……すいませんでした」

 今思い返しても、悪かったのは間違いなく私だ。
 確かに橋場さんがいつもより突っかかってきたのは事実だけど……それでも、あんな態度を取るべきじゃなかった。
 橋場さんに先に謝らせてしまったことが、余計に罪悪感を深くしていく。

「……本当は、石田が今日……誰と会うかはわかっていた」

「え? ど、どうして……」

「昨日、酔ってスマホの画面つけっぱなしだっただろ。たまたま目に入った」

「……あ」

 そっか……昨日、見られていたのか。
 いつも橋場さんから、画面消灯の設定はちゃんとオンにしておけって言われていたのに……結局、そのままだった。

「石田がその彼と会うのが……どうにも嫌でな。それで、あんな態度を取ってしまった」

 雨脚は、徐々に弱まっていく。
 それに合わせるように、橋場さんの声もさっきよりはっきり聞こえるようになった。
 でも、今の言葉の意味が……よく理解できない。

「それって、どういう……」

「……石田がこの家から出ていくのが、俺は……嫌なのかもしれない」
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