完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
 え……まさか橋場さんの口から、そんな言葉が出てくるなんて。
 耳を疑うような一言に、頭の中が真っ白になる。

「石田は……よりを戻すつもりなのか?」

 橋場さんが、私と光市の関係を……気にしている?
 想像もしていなかった展開に、私はすぐ言葉を返せなかった。

「どうなんだ?」

 橋場さんは足を止めると、そっと私の手を掴んだ。
 人通りの少ない歩道の真ん中で、自然と向かい合う形になる。
 そのタイミングで、まるで見計らったみたいに雨が止んだ。

「……まだ、わかりません」

 橋場さんは静かに傘を閉じ、「そうか」と小さく呟いて視線を落とした。
 その反応の意味がわからず、私は思わず問いかける。

「でも……私がいたら、迷惑じゃないんですか?」

「迷惑? だったら最初から、居候なんかさせていない」

「だ、だって……橋場さんにも好きな人とかいるんじゃ……」

「……は?」

 橋場さんの目が、わかりやすいほど大きく見開かれる。
 え……もしかして、私……変なこと言った?

「あ、あの……エマリさんですよ。調べたら、いろいろ関係ありそうでしたし……前にテレビに映ってた時も、すごく見てましたよね?」

 最後まで聞いた橋場さんは、ふっと空を見上げた。そして、肩を震わせる。
 あれ……橋場さんが、笑ってる……。

「エマリは俺の妹だ。何を勘違いしているんだ」

 エマリさんが、橋場さんの妹? え……嘘でしょ?
 橋場さんの彼女、もしくは気になっている人……じゃないのか。
 勝手に嫉妬していた自分が急に恥ずかしくなって、顔が一気に熱くなる。

「じゃ、じゃあ……橋場さんに彼女は……」

「だから、いたらお前を居候なんかさせていない」

 迷いのない言葉に、心が軽くなっていく。
 橋場さんは、現在フリーってことなのか……。

 笑いながら再び歩き出した橋場さんの背中を、私は慌てて追いかけた。

「ちょっと、そんなに笑わないでください」

「いや、お前の思い込みが激しすぎるんだよ。さすが石田って感じだな」

「しょうがないじゃないですか。誰でも勘違いしますよ」

「いや、そんな勘違いするのは石田くらいだろ」

 あれ……気がつくと、以前みたいな軽口の応酬に戻っていた。
 ここ数日、私が勝手に壁を作ってしまっていたせいで、笑い合うことはなかった。
 久しぶりの穏やかな空気を噛みしめていると、ふと橋場さんが落ち着いた低い声で呟く。

「俺も、向き合ってみようと思う」

「向き合う?」

「……石田とな」

「そ、それって……」

 火照った頬の熱が、まだ引かない。
 私と……向き合ってくれる? つまり、それは……。
 その先を聞こうとしたところで、橋場さんは誤魔化すように「今日はチキンカツなんてどうだ」と聞いてきた。

「ちょっと、橋場さん!」

 橋場さんは悪戯っぽく笑い、そのまま走り出す。
 その表情は、いつものクールな姿とは違って、どこか少年みたいに無邪気だった。
 今は……無理に深掘りしなくてもいいのかもしれない。

「待ってください、橋場さん!」

 目まぐるしい一日だったはずなのに、気づけば心は不思議なくらい晴れやかになっていた。
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