完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「ただいま戻りました……」

 灯りのついたリビングは、やけに静かだった。
 ダイニングテーブルに突っ伏したまま眠っている橋場さんの寝息だけが、部屋の中に小さく響いている。
 どうやら仕事をしている途中で、そのまま寝落ちしてしまったらしい。

「お疲れ様です。橋場さん……」

 ソファに置かれていたタオルケットを手に取り、そっと橋場さんの肩へと預ける。
 相当疲れているのか、私の気配にも物音にも、橋場さんは全く反応しなかった。

「やっぱり、完璧な家だなぁ……」

 リビングの入口に立ち、改めて部屋を見渡す。
 家具や家電の統一感。無駄のない配置。どこを見ても埃一つ落ちていない清潔感。
 橋場さんが、どれだけ丁寧にこの家を整えてきたのかが伝わってくる。

 最初の頃の私は、掃除を手伝うどころか、逆に散らかして怒られてばかりだった。
 掃除の仕方も、洗い物の順番も、生活の細かいマナーも……橋場さんに何度も叩き込まれた。
 そのたびに「細かすぎる!」って思っていたけど……今になってわかる。
 橋場さんは、ちゃんと生きる方法を私に教えてくれていたんだ。

 おかげで今の私は、もう昔みたいなズボラ女子じゃない。
 時折、片づけや食事の細かいマナーで怒られることもあるけど、かなり矯正されている。

「最後に、証明しないとね……」

 不思議なくらい、気持ちは晴れていた。
 私はこの家と橋場さんから、卒業する。
 それは私のためだけではなく、橋場さんのためでもある。
 橋場さんのためだと思うと、自然と前向きに考えられるようになった。

 最後に……この家を出ても問題ないくらい成長した姿を、橋場さんに見せる。
 それがきっと、私にできる最大の恩返しなんだと思う。

「たった数か月なのに……濃い毎日だったな……」

 ここに来た時とほとんど何も変わっていない、物の少ない私の部屋に入る。
 追加で置かしてもらったのは、座椅子と小さな丸テーブル。それ以外は何も増やさないまま、毎日布団を敷いて眠り、最低限の暮らしを続けてきた。
 そんな日々にも、もう少しで終わりが来るなんて……。

 私は座椅子に腰を下ろし、光市へ送る長文のメッセージを打ち始めた。
 思い出話を交えながら、今の素直な気持ちを書いていく。文章を打っている途中、不覚にも涙が滲んだ。
 光市は、間違いなく私の人生を支えてくれた人だった。
 その関係が、これで本当に終わる。

「よし、次は……橋場さんか」

 光市との関係には、完全に区切りをつけた。
 次はいよいよ、橋場さんの番だ。

 もうズボラ女子ではないということを証明するには――。
 あれしかないだろう。
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