完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「……石田、いるのか!?」

 玄関へ飛び込んだ瞬間、リビングの方から物音が聞こえた。
 急いで靴を脱ぎ、廊下を進む。
 すると、石田の部屋の中央にキャリーケースがぽつんと置かれているのが目に入った。

「えっ!? 橋場さん、どうして……」

 驚いた様子で、石田がリビングの扉を開ける。
 同時に、揚げ物の香ばしい匂いがふわりと流れてきた。
 俺に内緒で……料理をしていた?

「カナホリフーズとの打ち合わせなんて……お前がするわけないだろ。何を企んでいるんだ?」

「そ、それは……」

 言葉を濁す石田を横目に、キッチンへ入る。
 そこには、ついさっき揚げ終えたばかりらしいコロッケが並んでいた。
 皿の上に敷かれたキッチンペーパー。その上に、綺麗なきつね色のコロッケがいくつも乗っている。

「これを作ってたのか?」

 石田は観念したように、小さく頷いた。

「はい。最初に橋場さんから教わったコロッケを……一人で作ってみようと思って」

「仕事をサボってまで、どうしてそんなことをした?」

「……もう、一人でもちゃんと生きていけるってところを……証明したくて」

 その返答に、俺は一瞬言葉を失った。
 それとコロッケに、何の関係がある……そう聞き返そうとした時、石田が自分から続きを口にする。

「このコロッケが、もし美味しかったら……この家を卒業させてください」

「……卒業?」

「はい」

 石田は、ぎゅっとエプロンの裾を握りながらこちらを見た。

「仕事の面では、もう独り立ちできました。あとは私生活の面だけです。家事も、前よりちゃんとできるようになったし……料理だって、少しは上達したと思います」

「……だから?」

「このコロッケが合格だったら、私はこの家を出ていきます……」

 静かな声だった。
 けれど、その一言一言には覚悟が滲んでいる。

「これ以上、橋場さんにお世話になるのは……よくないと思うので」

 そんなに俺から離れたいのか……。
 石田の部屋に置いてあるキャリーケースを見るに、覚悟は決まっているのだと悟った。
 気持ちはもう……あの彼にある……ってことなのか?
 だから最後に筋を通すつもりで、このコロッケを作った……。

「橋場さん、座ってください」

 石田に促されるまま、俺はダイニングチェアへ腰を下ろした。
 そこでようやく気づく。
 リビング全体が、朝よりも明らかに綺麗になっていた。
 床も壁も磨かれたように艶があり、生活感の乱れがほとんど見当たらない。

「掃除もしてくれたのか?」

 キッチンで最後の盛り付けをしている石田へ声をかける。
 石田は顔を上げ、ニコッと微笑んだ。
 この家へ来たばかりの頃の、ズボラな自分はもういないと、誇示しているような笑顔だった。

「どうぞ、召し上がれ」

 目の前に並べられたのは、こんがりと揚がったコロッケと、千切りキャベツの付け合わせ。
 俺が作ったものと比べても、遜色ないほど丁寧な仕上がりだった。
< 70 / 79 >

この作品をシェア

pagetop