完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
 俺は……ここまで石田を悩ませていたのか。
 全部、俺のことを想っての行動だった。
 それなのに俺は、勝手に弱気になって、勝手に諦めかけていた。

「じゃ、じゃあ……ここを出て、よりを戻すわけじゃ……」

「光市と? それはないです。とっくに断りました」

「断ったって……そっちへの気持ちは、もうないのか?」

「一切ありません。私は本当に、橋場さんのことしか考えていません」

 本当に、俺のためだけに……石田は、この家を出ようとしていた。
 一人前になれば、俺から距離を置ける。
 そうすれば、恋愛に苦しむ俺を解放できるという……石田なりの優しさだった。

「……すまなかった。俺が……弱かったんだ」

「そんな……謝らないでください。トラウマって、そう簡単なものじゃないですし……」

 立ったままだった石田が、再びゆっくり椅子へ腰を下ろした。
 そして、俺の目を見ながら静かに口を開く。

「……それで、どうですか?」

 このコロッケが美味いかどうか。
 つまり、この家を卒業するかどうか……その答えを求めていた。

「……申し分なく、美味かった」

 その言葉を聞いた石田は、ふっと目を閉じた。
 どこか安心したような、それでいて寂しそうな……複雑な笑みを浮かべる。
 まるで、自分で決めた運命を受け入れたみたいな顔だった。

 その表情でわかる。
 石田だって、本当は……この家を出ていきたくないんだ……。

「ただ……卒業は認めない」

「……え? それは、約束と違いますよ」

 石田が、俺のことを想って、この卒業の話を持ち出したのはわかっている。
 一人でも十分やっていけるくらい、生活力が身についているのも理解していた。

 だけど……それでも。
 俺は、卒業なんて認めたくなかった。

 まだまだこいつと、一緒に暮らしたい。
 俺にとって石田は、もうただの部下でも、居候でもない……かけがえのない存在になっていた。

「お前の会社のデスク、今日改めて見たけどな……何なんだ、あの散らかり具合は」

「……見たんですか?」

「いつも書類が多いとは思ってたが、近くで見たら無造作に積み上げすぎだ。あれでよく仕事できるな」

「うっ……す、すいません。そこまで気が回らなくて……」

「まったく。いつも言ってるだろ。デスクは綺麗に使えって」

「いや、それ……今する話ですか?」

 石田は呆れたように眉を寄せた。
 その顔を見ていたら、自然と笑みが漏れる。

 俺は席を立ち、石田の隣に立った。
 驚くように見上げる石田の唇に、ゆっくりと顔を近づける。

「え……橋場さん?」

「……俺からしたら、お前はまだまだズボラ女子なんだよ。こんな状態のやつを、手放すわけにはいかない」

「そ、それって……」

 石田の瞳が、大きく揺れる。もう、逃げたくなかった。
 この気持ちからも、石田からも。
 だから俺は、何も言わずに唇を重ねた。

 触れるだけじゃない。
 自分の覚悟を伝えるように、ゆっくりと想いを込めて。
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