完璧な上司に飼われてます! 〜ズボラ女子の居候日記〜【長編版】
「……石田」

 ゆっくりと唇を離すと、石田は熱に浮かされたみたいな顔で俺を見上げていた。
 ぼんやりと潤んだ瞳に見つめ返され、胸が熱くなる。

「はい……」

 石田の返事は、少しだけ掠れていた。

「知っての通り……俺は、こだわりが強くて、几帳面で、その……度を越えた潔癖症だ」

「……存じてます」

「この性格は、多分そう簡単には直らない」

「……人って、そんな急には変われませんからね」

「そ、そうだな……」

 真顔で返されて、思わず吹き出しそうになる。
 まさかこんな場面で、石田に軽く弄られるとは思っていなかった。
 肩の力が抜けていくのを感じながら、俺は小さく咳払いをする。

「それでも……俺は、石田から逃げたくない」

 石田の瞳が、わずかに揺れた。

「俺、石田が好きなんだ。石田を失ってしまう不安とか……過去のトラウマとか……そんなことを考えてしまうのは、俺が弱いからだった」

「橋場さん……」

「もう、俺はブレない。石田……俺と付き合ってくれ」

 ――ついに、言えた……。
 言いたくても、口にするのが怖かった……このセリフを。
 石田の瞳に、みるみる涙が溜まっていく。

「橋場さん……ずっと、待ってました」

 ぐすっと鼻を鳴らした瞬間、もう堪えきれなくなって、俺は座ったままの石田を抱きしめた。
 中腰の姿勢は腰にくる。
 それでも、そんなことどうでもよかった。

「……私も、橋場さんが大好きです」

 もう一度、互いの目を見つめ合う。すると磁石みたいに、自然と顔が引き寄せられていった。
 今度のキスは、さっきよりもずっと長かった。
 ようやく想いが通じ合った……その実感が乗った口づけは、甘くて、深い。
 互いの存在を確かめ合うように、時間を忘れて何度も唇を重ねた。

「橋場さん……」

「……何だ?」

「私、今……すごく幸せです」

 そんなことを、キスの合間に言ってくるなんて……反則だ。
 未だかつて受けたことのない無条件の愛に、思わず照れたように笑ってしまう。

「俺もだ……」

 石田も柔らかく笑い返してきて、張り詰めていた空気がゆっくりほどけていく。
 その後、俺たちは改めて向かい合って座り、コロッケの続きを食べ始めた。

「家を飛び出して、どこに泊まるつもりだったんだ?」

「……家が決まるまでは、適当なホテルにでも泊まろうかなって」

「金は?」

「そこは大丈夫です。橋場さんのおかげで、ちゃんと貯金できてましたし」

「ホテル代に、新居の初期費用……敷金礼金もある。結構飛ぶぞ?」

「あ……初期費用までは考えてませんでした……」

 やれやれ……やっぱりこいつは、まだまだ計算が甘いな……。

「石田……お前、これからもまだ鍛えがいがありそうだな」

 ソースを口元につけたまま、石田はふにゃっと笑った。

「……お願いします」

 その顔が可愛くて、また自然と頬が緩む。

 ようやく、自分の気持ちに正直になれた……。
 石田と暮らしてきた日々の中で、変わったのは石田だけじゃない。
 俺自身も、少しずつ変わっていたんだろう。

 自分で作ったコロッケを幸せそうに頬張る石田を見ながら、俺は静かに幸せという感情を噛みしめていた……。
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