悪辣魔王の腕のなか
「そうかなぁ。お金をもらって解剖結果を改ざん、彼ならちょっと……やりそうじゃない?」

 奏真派の彼女は、響司があまりお好みではないようだ。口調にややトゲがある。が、響司派の彼女は当然、彼を擁護した。

「ないない! だって柚木家の御曹司よ? お金なんか腐るほど持ってるのに、危険な橋を渡る理由がないわよ」
「まぁ、それはたしかに」

 彼女たちと完全にすれ違ったところで、衣都はふと足を止める。

『お金をもらって解剖結果を改ざん』

 この話を耳にしたのは、二度目だった。

 ――柚木響司につきまとう黒い噂。

 そもそも、彼らの仕事は普通のドクターとはかなり違う。
 法医学ドクターは患者の治療ではなく、司法や行政からの要請を受けて遺体の解剖を行う。目的は死因の究明だ。
 この司法解剖は大学の法医学教室や東京なら監察医務院といった専門機関が行うのが基本で、一般の病院ではほぼ扱われない。けれど近年、司法解剖が必要な遺体の数は急増していた。その需要に応えるべく、柚木記念病院は七年前に民間病院としては異例の法医学センターを設置したのだ。
 新設当初は専門機関が手一杯のときの補欠扱いだったそうだが、今では検察から真っ先に依頼がくるまでになっているそう。さらに、そのほとんどが〝柚木先生ご指名〟の案件らしい。
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