推しの妻になりました〜アイドルと契約結婚〜
第22話 本物の婚約者

翌日。
昨日の出来事を思い出して、嘘だったんじゃないかと思ってしまう。
自分の「日常」とかけ離れた世界にまだ現実味がない。
でも、仕事という「現実」に戻ると、不思議と心が引き締まる。
「……高階さん、至急、スイートルームの5002号室へ。VIPのお客様が指名で呼んでるわ」
上司の鋭い声に、苺依は反射的に背筋を伸ばす。
「かしこまりました。ただちに」
エレベーターの中で、ふと胸騒ぎがした。
TOMAのファンや関係者が泊まることは珍しくないけれど、なぜ今、このタイミングで指名なのか。
疑問を振り払うようにドアをノックし、丁重に室内へ入る。
部屋の中は、甘すぎない上品な香水の香りに包まれていた。
「失礼いたします。ご指名いただきました、高階でございます」
窓辺のソファに優雅に腰を下ろしていたその人物は、手元に置かれたグラスをゆっくりと動かし、薄い微笑みを浮かべて苺依を見下ろした。
「……随分と待たせたわね。あなたが、征志郎の選んだ『婚約者』?」
冷徹な瞳が、苺依の全身を値踏みするように舐め回す。
その視線と敵意から、苺依は彼女が本当の婚約者だと直感的に悟った。
「何も持たない、ただのホテルスタッフなのに征志郎はなぜあなたのような平凡な女を選んだのかしら?」
苺依は背筋を伸ばし、努めて冷静に答える。
「……恐れ入ります。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」
「ふふっ。……面白いわね」
彼女はゆっくりと立ち上がると、苺依のすぐ目の前まで歩み寄った。
「彼の隣に相応しいのはあなたじゃないの。分かるわよね?」
張り詰めた空気に肌が粟立つ。
でもここで頷いてしまったらいけない気がした。
なにも言えないでいる苺依を見て彼女は楽しげに微笑んだ。
それは、弱者をいたぶる笑みではなく、愚かな者が身の程を知ったときに見せる、哀れみを込めた笑みだった。
――To be continued
