ひとつの秩序
二次のプレゼンは、また会議室だった。白くて広くて、天井が高い。
一次の時よりかは狭い。机の配置は前回とは違い、長机がコの字に並んでいる空間に、その時とは違った緊張が走る。
壁の一面がガラス張りで、曇り空の光が薄く差し込んでいた。
一次よりも、先方の人数が多い。
スーツの色も、声のトーンも、視線の質も、少しだけ硬い気がした。
「本日はお時間いただき、ありがとうございます」
最初の一礼で、呼吸を整える。
喉が乾いているのが自分でも分かるのに、声は思ったより震えていなかった。
前回のプレゼン内容をより具体的にして、課題点は直して、より響くように内容を練った。
スクリーンに映るスライドを指しながら説明する。
視線は一点に留めすぎないように、けれど泳がせすぎないように。
質問は鋭かったけれど、攻撃的ではなかった。
「この導線、もう少し具体的に教えてください」
「このコスト配分の根拠は?」
片倉が自然に補足し、静が横で軽く頷いてくれて、その連携が、妙に心強かった。
途中で、空気が柔らかくなる瞬間があった。相手のひとりが、ふ、と笑った時。
それを見て、あ、いけるかもしれない、と思った。
今回は他の会社のものは見ることはできず、自分たちの番が終わると、そのまま会社を後にした。エレベーターに乗り込んだ瞬間、背中に張り付いていた緊張が、じわっとほどけた。
「…悪くなかった気がするけどなぁ」
「うん、俺もそう思う」
静が結んでいた髪の毛をほどきながらそう言って、片倉は考え込むようにした後、短く答えた。
莉子は、エレベーターの鏡に映る自分の顔を何気なく見て、表情が固かった気がするなと思った。でも、手応えは、あった気がする。
そして一週間後、片倉から知らされた言葉は、「今回は見送り」だった。
メールを見せてくれたが、丁寧な文章で記載されていた。
評価は高かったこと、ただ、最終的に別案を採用したことが書かれていた。
「わー、そうでしたか…」
意外と耳に届く自分の声は平坦で、遅れて悔しさがじわりと込み上げてきた。
一瞬、視界がぼやけるも、目を見開いて抑え込む。
期待してた自分を思い出して、少しだけ恥ずかしい気持ちも込み上げる。
頑張ったから必ず報われるとか、そんなのじゃない。
だから、泣くとか、そんなことはしたくない。
先に知らされていたのか、静がこちらにやってきて、莉子の肩を叩いた。
「…南のプレゼン、良かったわよ」
「ありがとうございます」
片倉はメールの画面から莉子に視線を移し、ため息をつきながら言った。
片倉も静も、コンペは経験してきているが、当然すべて通ってきたわけではない。通る方が狭き門なのだ。そういうものだと分かってはいるものの、莉子の心の中は重い。
「今回は、方向性の差だと思う。悪くなかった」
「…はい」
情緒的に慰められるよりも、淡々と良かった部分を褒められて、悪くなかったと言われるのはありがたい。少しだけ気を遣われているのが分かって、申し訳ない気持ちにもなる。
「落ちたけど、力はついてるよ」
「うん、大丈夫よ、よくあることだから。それじゃ私は打ち合わせあるから」
「ありがとうございましたっ!」
静が莉子の言葉にウインクをして、足早にシェアスペースの方に去っていった。美人のウインクは破壊力がえげつないな、と思いながら莉子は片倉を見た。
悔しい、でも、全部否定されたわけじゃない。成長できたことも嬉しい。
「切り替えよ。夏目もいるし、一個終わったから、そっちに専念していいからね」
「はい、ありがとうございます」
「南さん、お疲れ様でした」
向かいのデスクで黙ってモニターを見つめていた夏目だったが、話はしっかり聞いていたようで、モニターの隙間から顔を出して莉子に笑いかけた。
後輩の気遣いに少しだけ申し訳なくなりつつ、こんなことで落ち込んでいる場合じゃないもんな、と気持ちが少しだけ上を向く。
ありがとう、とお礼を言いながら、莉子は夏目の隣の席に移動した。
片倉は穏やかな顔で少し笑うと、またモニターに目線を移していった。
「ごめんね、いきなり放置気味になっちゃって」
「いえ、大変そうでしたし、それなのに僕用に資料も頂いちゃって申し訳なかったです」
「全然、今日はね、こっちのやつを見てもらおうと思ってて」
夏目の隣に移動して、莉子は夏目に送っておいた資料を自分も開いた。
「ここは、まだ全部理解しなくていいから」
「はい、ありがとうございます」
真新しいメモ帳に、丁寧な字で書き込んでいく。
資料を覗き込む距離が、少し近くて、莉子の画面を覗く時、たまに肩が触れそうになる。
「あ、すみません」
「気にしないでー」
夏目は慌てて一歩下がるけれど、また説明を始めると、夏目は自然に近づいてきて、距離が近い、というより、無意識なんだろうな、と莉子は思う。
「ここはね、数字よりも全体の流れを掴んで」
「流れ…」
「うん、感覚で覚えた方が早いから」
でも私も教える時はつい身を乗り出してしまうタイプだからなぁ、分かるよ、と思いつつ、夏目の前のめりな姿勢は好ましく思っていた。
そして昼休みになり、夏目が昼食を取りに席を外すと、シェアスペースにいた静がコーヒーを持って近づき、片倉の席に座った。片倉は打ち合わせに行っていて、席は空いていた。
「南さ、夏目くんと、距離近くない?」
「私がですか?」
「夏目くんの画面を覗き込む時とか。あれ、ちょっとドキッとする人いるかもよ」
「えー、夏目くんが近いんじゃなくて私が近かったんですかね?」
自分がそう思っているだけならいいが、静に指摘されるくらいということは、意識して気をつけなきゃいけないなぁと思いながら、莉子は返事をした。
「ていうか、お互い?そういうタイプ同士だからそうなってるのかもね」
「そうなんですかね…」
「片倉が彼氏じゃなくて良かったわねー、嫉妬でとんでもないことになりそう」
「やめてください」
静はくすっと笑いながら、いたずらを思いついた子どものような目で言った。
莉子もそれに眉をしかめながら返事をした。
そして静が去っていき、莉子も昼食を取りに社外へ出た。
四月の気候が気持ち良い。
土曜日、加瀬と会う時は、お花見をしても良いかもしれないな、と思いながらスマホを開く。
【コンペ、落ちちゃった】
【そっか。お疲れだったな】
数分後に返事が来た。
加瀬もお昼休み中かな、と思いながら、莉子はキッチンカーが集まっている場所へと足を進める。
【慰めてよ】
【おー、今日遅くなりそうなんだけど、ちょっとだけでも会える?】
【遅くなりそうなら無理しなくてもいいよ】
【家で待っててくれたら、仕事終わってそのまま行く】
【いいの?平日だけど】
良いよ、と加瀬が言ってくれることくらい、なんとなく分かっている。それでもその言葉が聞きたくて、そう送った。
加瀬が私を甘やかすから、愛されてるって自信を沢山持たせてくれるから、欲張りになっちゃったのかもしれない。
そして、望み通りの言葉が返ってきたのを確認して、画面を見ながら思わずニヤけてしまう。なんか、私も、加瀬のこと、めっちゃ好きかもしれない。
そう思いながら歩く道は晴れやかで、日差しも気持ちが良かった。
ご飯でも作って待っててあげたら、喜ぶかな。
莉子は料理アプリを開きながら、暖かい陽気の中を歩いた。