ひとつの秩序
 
 
 
 
加瀬とは、そのまま日曜も一緒に過ごした。
次は一緒にパジャマを買いに行こうという約束ができて、きっと次はそれを持って加瀬の家に行き、そのまま泊まるんだろう。

加瀬が莉子の家にいつ来てもいいように、過ごしやすそうな部屋着でも用意しておこうか。そう思いながら莉子は出勤したものの、電車に揺られる車内で、つい上がりそうになる口角に力を入れて押さえ込んだ。














午後の光が、ブラインドの隙間から斜めに差し込んでいる。
会社の、片倉の左隣は、莉子の席だ。
普段は斜め向かいに座っているはずの夏目が、椅子を莉子の机につけて、二人でモニターを睨んで話している様子を、片倉は横目で見つめていた。


莉子と夏目が取り組んでいるのは、ベンチャー企業の自社ラウンジで行われる新規サービス発表会の演出案件だ。既存空間を一日だけイベント仕様に変える、簡易的なもの。

今回は片倉、つまり自分がリーダーではあるが、試験的に莉子に任せている。夏目もそこに加わり、莉子が夏目を指導しながら進めていく。
片倉はほとんど口を出さず、最終決定しか関わらないでおこうと決めていた。


「このステージ、あと十センチ低くしてもいいかも」
「低くすると、後ろのロゴとのバランスが崩れませんか」
「うん、だからロゴも少し下げる。今、空間の上が抜けすぎてる気がする」

莉子がペン先をモニターに軽く当てながら、夏目に言う。
意外とちゃんとできているな、と片倉は思う。

「なるほど、分かりました」

夏目が頷き、画面を覗き込む。
二人は自然と肩が触れ合う距離になる。
夏目は気にしていない。莉子も気にしていない。


「照明、色温度少し落とします?」
「落とすなら、スポットだけ。全体は今のままで」
「了解です。施工会社に確認入れないとですね」

意外と二人のテンポは合っていて、言葉の間に無駄がないように思う。
莉子は指示を出すというより、隣で一緒に考えている。夏目はそれを受け取りながら、自分の意見も挟む。その応酬が、滑らかだ。

この件はほとんど南が進めてね、そう言った時には不安で半泣きの顔を見せていた莉子だったが、夏目も素直なのと、話を聞いている限り、構造を捉えるのが得意なんだな、と片倉は分析していた。


今回はそこまで難しくないが、既存の床材や壁面は触れず、照明演出で空気を作る。制約が多い分、細部の設計がそのまま完成度に直結する。


「ここ、導線が詰まりますよね」
「そうだよね、どうしよっか」
「あ、じゃあ、このソファ一台抜くとか」
「それだと、企業ロゴの見え方がなー」
「…なるほどです」

並んでモニターを覗く二人の背中。
夏目が少し身を乗り出すと、莉子も自然に体を寄せる。

近いな、と思う。でもそれは恋愛というより、仕事の熱量のせいだなということも伝わってくる。同じ方向を向いて、同じものを見ている者同士の近さ。

南も、パーソナルスペースは狭い方というか、無意識に近い方だからなぁ。
キーボードを打つ手は止まらないが、頭の中は違う方に向いている。

かつて自分は、一瞬だけそれに警戒をしていたし、異性の上司ということで必要以上に近づいてはいけないと思い、意図的に距離をとったこともあったものだが、いつの間にかそれに慣れていたし、莉子という人物はそういうものだ、と位置付けてからは当たり前のように受け入れていた。

俺ですら、そんな南に、自然と惹かれてしまったのに。
夏目はそういう気配は今のところ全く無さそうだが、同じようなタイプが揃うと、こうも早く馴染むものなのか、と感心してしまっていた。

ブラインドの隙間から差し込む光が、机の上に乱雑に置かれたままの定規を白く光らせていた。


無意識にコーヒーを飲む手が進んでいて、いつの間にかタンブラーは空になっていた。補充するために、片倉は席を立つ。

シェアスペースを通ってコーヒーメーカーでコーヒーを淹れ、戻ろうとすると静がシェアスペースで立ち止まり、同じようにタンブラーを啜っていた。

「何してんの?」
「あれ、見てる」

つい声をかけるが、静は視線を外さずに、顎でその先を示した。
そこには、先ほどまで自分の脳内を占めていた二人が、変わらない姿勢でモニターを見ていた。

「ああ」
「近いわよね」
「近いね」
「すごいわね。若いから?なんで?」
「さあ、そういう二人なんだろうね」

片倉も同じように、静の隣で立って、淹れたばかりのコーヒーを少しだけ啜った。

「でも、あれはあんたが今まで享受してたものよ」
「…ふっ、そうだね」
「あんな感じで距離を詰められて尊敬されたら、そりゃあね」
「素直になれば良かったかなー」

何となく知っているんだろうと思っていたが、この口ぶりからすると、莉子から聞き出したのだろう。きっともう全てを知られているんだなと諦めた片倉は、何気ない調子のまま返事をした。

「付き合ってなくて良かったじゃん」
「え?」
「あんなの、彼氏だったらどうよ」
「普通に、そんなことさせないけどね」
「怖」

静が真顔で言った。
彼氏だったら、などと考えたことはなかったが、なるほど、彼氏だったらどうしていただろうか。でもきっと、釘は刺していただろう。

「まぁ、彼氏がせいぜい嫉妬に狂えばいいんじゃない?」
「性格悪っ」
「それで別れればいいのにねー」
「別れた時の片倉を想像したら怖いわ」
「俺を使って変なタラレバばっかりしないでよ」

片倉はそう言って、静の隣を離れて、自分の席に戻った。
タラレバなんて、あれから考えないようにしていたのに、余計なことを吹き込まないで欲しかったな。

片倉は、まだ隣であれこれ話し合ってる二人に目を向けた。莉子越しに夏目と目が合うと、夏目はぺこりと緊張したように会釈をした。

悪いやつじゃないし、悪意がないっていうのが、彼氏からしたら一番厄介かもね。片倉はそう思いながら、ニコリと笑みを返して、自分のモニターに向き直った。


 
 
 
 
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