ひとつの秩序
 
 
 
 
 
 
週末には、約束していたパジャマを一緒に買いに行った。
お店に入るのも初めてらしい加瀬が、パステルカラーでちょっとラブリーな空間で、真剣にピンクのモコモコパジャマを選んでいる様子が面白かった。

莉子のパジャマは加瀬が選び、加瀬のパジャマは莉子が選んだ。
化粧水なども揃えてもらい、月曜は加瀬の家から出勤した。

職場までの道を歩きながら、莉子はぼんやりと、昨日の加瀬と過ごした時間に思いを馳せる。

枕元の充電器が、いつの間にか用意されていて二つになっていた。
加瀬のネイビーのパジャマと、莉子のピンクのパジャマが家を出る時に、ふたつ並べてベッドに置かれていた。
旅行用にと莉子が元々持っていた、小さいサイズのストレートアイロンと、ミニサイズのヘアバームが、加瀬の家の洗面所に増えて、シンクの横の水切りカゴには、ビビッドカラーの北欧の花柄が眩しいマグカップが、伏せて置かれていた。

パンツも置いておけばいいじゃん、とあっけらかんと加瀬は言うが、まだそこは何となく譲れない。逆はなんとも思わないのに、加瀬が自分の下着を洗うのに抵抗があるのは、なぜだろう。

「おはようございます、南さん」
「あ、おはよう夏目くん」

背後から声をかけられて、莉子は振り返って挨拶をする。
そのまま隣に並んだ夏目と、一緒に世間話をしながら職場に向かう。

「あれ、いつもと香水違います?」
「え、香水は今日つけてないけど…シャンプーかな?」
「変えたんですか?」
「いや、えーっと、変えてはないんだけど…」
「あ!彼氏さんですか!?いるんですね!良いなぁー!」
「えへ、ありがとう」

ほら、こんな反応する子が、私のこと好きなわけないのに。
何とも思われてないよっていう証明は難しいよなあ、と莉子が考えながら歩く。

「夏目くんは彼女とかいないの?」
「今はいないですねぇ…上京する時に何となく別れちゃいました」
「そうなんだぁ」

今は欲しくないの?と聞いたらセクハラになるだろうか、と莉子は心の中で浮かんだ問いかけを打ち消す。職場に着くと何となくその話題も流れていった。



今まで片倉と一緒に過ごすことが多かった莉子だが、今は夏目と過ごすことの方が圧倒的に多い。片倉の立場に自分がなっているのだと思うと気が引き締まる思いだが、到底あの頃の片倉に追いつけている気はしない。

「南さん、これ見てください、他社のポップアップなんですけど」
「わ!可愛い!」

静に、莉子も距離が近いタイプだと言われたが、こんなにかな?と莉子はスマホの画面を近づけてくる夏目に思う。
手のひらサイズの縦長のスマホ画面を覗き込む姿勢は、やはりたまに近いなと感じることもあって、それだけ異性として意識されていないということで、問題はないのだろうが、先輩として何か言うべきだろうか?

「ここ、こんなふうに攻めるの可愛くて季節感が出ててすごい好きで」
「本当だね!こういうのスクショして、スマホのアルバムにまとめとくと役に立つことあるよー!」
「さすがです!僕もそうします!」

今度、静に相談してみよう、と莉子は思いながら、それとなく顔を逸らして、元の位置に戻った。夏目は当然何も感じていない様子で、スマホを自分の手元に戻して操作をしていた。

後輩っていうより、弟、みたいな?
そんな感じなんだけどなぁ。莉子はそう頭で思いながらも、切り替えて自分の仕事に戻った。










それから数日後、しばらく加瀬の仕事が忙しくて平日に会うことはなかった。
家に置いたままの加瀬のパーカーが、クローゼットを開けるたびに目について、会いたいなという気持ちがむくりと湧き出る。

「加瀬、今日は飲み会って言ってたもんなぁ」

家に一人だと思うと、何気ない独り言がつい漏れてしまう。
莉子は夕飯と風呂を済ませ、ソファでゴロリと寝転がりながらテレビを何気なくつけると、ちょうどそのタイミングでスマホが振動した。

『もしもし?』
『みなみ、今家にいるぅ?』

加瀬、という表示を見て、すぐに電話に出るも、明らかにいつもよりも上機嫌で呂律が回っていない加瀬の口調に、莉子はすぐに気づく。

『加瀬、酔ってるでしょ』
『うん、めっちゃ飲んだ。あいたい』
『もう終わったの?』
『うん、いま、えきのホーム。あいたい』
『大丈夫?飲みすぎてない?』
『うん、あいにいっていい?』

会話ができているようで、微妙にできていない。これは確実に酔ってるなと思いつつ、時計を見ると、もう二十二時を過ぎていた。
垂れ流しているテレビでは、いつの間にかバラエティが終わって、知らないドラマが始まっていた。

『もう遅いよ、明日も仕事でしょ』
『みなみの顔みてから寝る』
『危ないよ、自転車乗ったらダメだよ』
『あるいていく』

その後もしばらく会いたいの応酬が続き、結局は加瀬が莉子の家に来ることになった。明日も仕事だろうが、大丈夫なのだろうか。迎えに行こうか?とも莉子は提案したが、それは危ないからと頑なに断られたので、それなりの理性は残っているらしかった。





「南」
「加瀬、だいじょう、んっ」
「会いたかった」

電話口よりかはしっかりした声の加瀬が家に着くと、玄関先で迎えた途端にキスをされる。
いつもよりも体重をかけられ、莉子の背中は反り返る。それも予想していたかのように、加瀬が莉子の腰に手を回す。
もう片方の手は後頭部に回り、加瀬の身体の中にすっぽりと包まれるようにして深いキスが続き、莉子は次第に息が荒くなっていく。

「っは、かせ、」
「南かわいい、ベッドいこ」
「えっ!?」
「おいで」

おいでも何も、私の家なんですけど。莉子がそんなことを思うも、すでに腕は加瀬に引っ張られて、足も寝室へと進んでいる。吐息に混じった、アルコールの匂いは強くて、かなり飲んだのだと分かる。
飲み会はたまにあると聞いたことはあるし、加瀬とお酒を飲んだことはあるものの、ここまで酔っているのは見たことがない。加瀬に口説かれていた頃などは一切居酒屋には行かなかったので、久しぶりかもしれない。

「加瀬、待って、酔ってるでしょ」
「もう十分まったじゃん」
「んっ、何の話してるの」
「おれの人生のはなしー」
「っん、んんっ、やっ、ちょっ」
「かわいい、好き」

ベッドにゆっくりと押し倒され、キスをされる。加瀬が乱雑にスーツのジャケットを脱いで、ベッドサイドに落とす。
ゆるりと自分のネクタイを緩めながら莉子のパジャマにもぞもぞと手を入れてくる加瀬は、ゆったりとした口調に関わらず、いつもより強引だ。

「なんかあった、っん、の?」
「なんも。飲まされまくっただけ」
「んんっ」

加瀬はネクタイをしゅるりと外して、ジャケットと同じようにベッドの脇に落とした。加瀬は一通り深いキスを莉子にすると、莉子の口の端に漏れた、どちらのものか分からない唾液を指先で拭った。

身体を起こして、莉子を見下ろすようにして、しばらく黙った加瀬に、莉子は声をかける。

「っはぁ、加瀬、どうしたの」
「…好かれんなよ」
「え?」
「夏目とか、先輩とか、これ以上、かわいくなるなよ」
「……」
「俺が、どれだけ、南をかわいいと思ってるか、知らねーだろ」
「…いつも言ってくれるから、知ってるよ」
「南はまだ知らん。もっと思ってる。だから他の男もそう思ってる」
「ふっ、飛躍しすぎだよ」
「むかつく」

加瀬はそう言うと、再び莉子にキスを落とした。
突然連れ込まれた寝室は、電気も消えたままで、開けっぱなしのドアからだけ、リビングの光が漏れていた。

本当は、言いたくても言えなかったことなのだろうか。
加瀬は、思ったよりもヤキモチを焼いているのかな。

莉子の手がシーツに擦れるたび、その手を加瀬がぎゅっと力を込めて握り締めた。


加瀬のスーツの上に落とされた服はグシャリときっと潰れていて、シワになっているかもしれないなと思いながら、莉子はアルコールの混じった吐息に、身を委ねた。
 
 
 
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