グルゥとリル、もりのはずれで

町へ来ただけの日

朝の森は、まだすこし青くて、葉の先にのったしずくが、ちいさな光を持っていました。
グルゥは小屋のそとの桶に水をくみ、木の椅子のよこへそっと置きます。桶のふちにあたる音まで、朝の空気にまるく包まれているようでした。

戸口のあたりで、リルが布を肩にかけたまま立っています。髪には寝ぐせのようなやわらかいはねが残っていて、まだ夢の続きの中にいるみたいに、ゆっくりまばたきをしました。
グルゥは小さな袋をひとつ持ちあげます。きのう町でもらった石のかけらと、森で拾ったきれいな木の枝が入っていました。売るものではなく、置いておくだけの、なんでもないものです。

リルは袋を見て、それからグルゥを見あげました。
「いくの」
グルゥはうなずきます。
それだけで、朝のしたくはできていました。

ふたりは森の道を町へむかって歩きました。土は夜の冷たさを少し残していて、草は足もとでやわらかくわかれていきます。風はつよくなく、けれど枝先をそっとゆらして、葉ずれの音を小さく鳴らしていました。
リルはときどき立ち止まって、木の肌にふれたり、道ばたの石をつま先でころがしたりします。グルゥは先へ行きすぎず、遅すぎず、ちょうどいいところで待っていました。待っている、というより、そこにいるだけのようでもありました。

町の門が見えてくるころには、朝の光が石壁にうすくのびていました。門のそばには、いつもの衛兵が立っています。まっすぐに、静かに、槍を持って、毎日ほとんど同じ場所にいました。

ふだんなら、リルが近づくと、衛兵は短くあいさつをくれました。
「おはよう」だとか、
「今日は早いな」だとか、
そのくらいの、風みたいに軽い声でした。

けれど、その日はなにも言いませんでした。

言い忘れたのかもしれません。
考えごとをしていたのかもしれません。
あるいは、ただ静かな日だったのかもしれません。

リルは門の前で足をとめて、衛兵を見ました。衛兵もいつもどおり立っていて、困ったようすも、急いでいるようすもありません。ただ、ひとつうなずいただけでした。
リルも小さくうなずきました。
それで、門はちゃんと開いているように思えました。

町の中は、朝の支度の音でできていました。桶に水を入れる音、店先で布をはらう音、遠くの火の気配。広場のはしには、干した布が淡い色を見せていて、風に押されるたび、空へ手をふるみたいに揺れていました。
リルはその布をしばらく見ていましたが、やがて歩きだします。グルゥは市場のすみにある古い木箱のあたりへ向かい、袋を置きました。石のかけらは朝の光を少し受けて、つるりとした面を見せます。木の枝は細くて、鳥の骨のように軽そうでした。

買いものでも用事でもない、ただ町へ来ただけの日でした。
そういう日も、ときどきありました。

広場の井戸のそばで、リルは手を水にひたしました。つめたい水が指のあいだをぬけて、まるで朝の残りをあつめたようでした。グルゥは近くの石段に腰をおろし、リルが満足するまでそこにいました。
リルはぬれた手を布でふいて、ぽつりと言います。
「きょう、しずか」
グルゥは、うなずきました。

帰るころ、門のところにはまだ同じ衛兵がいました。光の向きだけが変わって、兜のふちが朝よりやわらかく光っています。
リルはまた立ち止まりました。衛兵は、やっぱりなにも言いませんでした。けれどこんどは、槍を持っていないほうの手で、ほんの少しだけ門の外を示しました。
帰り道はあちらだと、言葉のかわりに教えるように。

リルはそのしぐさを見て、少し笑いました。
グルゥは門をくぐる前に、足もとの小さな石をひとつ拾って、道のはじへよけておきます。だれかがつまずかないように、ただそれだけの手つきでした。
衛兵はそれを見て、またひとつ、静かにうなずきます。

森への道にもどると、風は朝よりすこしだけあたたかくなっていました。
リルは歩きながら、さっきの門をふり返ります。もう遠くて、衛兵のかたちは石壁にまぎれそうでした。けれど、なにも言わない日にも、ちゃんとやさしいものはあるのだと、リルはなんとなく思ったようでした。

となりでは、グルゥがいつもの歩幅で進んでいきます。
言葉はなくても、道はつづいていました。
しずかな日のまんなかを、ふたりぶんの足音だけが、やわらかく運ばれていきました。
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