まことしやかな恋

 頑なに視線を前に置く男は、透明な琥珀色の液体が入ったオールドグラスを傾けている。弁明する気もないのか、口角を上げたまま唇を横に引き結んでいた。


「嗣海」


 名前を呼ぶ。

 紡がれた声の柔らかさに、その場にいた誰もが不意を突かれたように目を丸くした。

 不思議と、怒りの感情はない。むしろ凪いだように心は穏やかで、まことしやかな噂に翻弄される前の冷静な自分と酷似していた。

 だけど、明確に、今までの自分とは違う。

 暇潰しの友達には、戻れない。

 
「私は、面倒臭い性格してるし欲張りだよ」

「……」

「嗣海の好むタイプとは真逆。支配下に置けるような従順な性格してない。気づいてたでしょ?」


 運命で片付けられることを、良しとしない。そんな女、面倒臭いに決まってる。

 たとえ、神とやらが見繕った運命だとしても、雨宮 嗣海は面倒な人間を選ばない。居心地のいい関係を捨ててまで、まことしやかな噂を信じるほど、馬鹿でもない。

 ──心底惚れていなければ、欲しいとねだったりしない。


「わざわざ、別れ話しに来たの?」


 自傷じみた笑みを作る唇が、やっと動いた。

 淡々とした美しい横顔は、なんにも感じてないように見える。でも、腐れ縁の私は知っている。目の前の男は、強がって表面上は平然を装っているだけだ。

 言葉に含まれた棘で痛みを感じているのは、私ではなく嗣海の方。

 繊細で、臆病で、悲観的。


「必要ないのに。置いて帰ったのが答えだよ」


 上手に生きているつもりの男が、自分を守ろうと下手くそに手を放す。

 手放してあげない私は、それ(・・)を、静かに男の傍に置いた。
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