まことしやかな恋
飛び起きて荒く息を吐く。まんまるの硝子玉のような瞳が驚いたようにぱちくりと瞬きを繰り返していたけど、そんなのどうでもいい。
恐れていた事態が、現実になった。
「びっくりした〜。葵子ってそんなに大きい声出せたんだ? 慌ててるのはじめて見た」
「…………記憶を、消せ」
「なんの?」
「殴る」
「んははっ、物騒だな〜。俺はお前のことなんか怖くないけどね」
悠然と擡げた唇が自分を嘲る。神経を逆撫でする男に苛立つも、歯噛みするしかない状況に冷や汗がたらりと流れた。
寝起きで機能し始めたばかりの脳みそを叩き起こして必死に打開策を考える。絶体絶命の今さえ切り抜けられればいい。あとはどうにでも誤魔化せる。
運命の人とキスするとハートマークが浮かぶ、なんて荒唐無稽の馬鹿げた話だ。嗣海が噂を知らない可能性もある。
所詮は、まことしやかな噂。
「……こんな形の痣あるの知られたくなかっただけだから」
「生まれつき?」
「そう」
淡々と嘘をまことのように紡げば、嗣海は僅かに眉を顰めた。釈然としない気配を滲ませ、本来の怜悧で無機質な瞳を眇める。