まことしやかな恋

 ˚‧ 𓆸

 退勤した足で向かったのは、嗣海の職場だ。

 雨宮整骨院と掲げられた看板を見上げる。院名に刻まれた姓が、私と同い年であるはずの男の早熟な成功を証左していた。

 中には入らず、花壇の縁石に腰を下ろして待っていると、顔見知りの従業員が出てくる。目が会った瞬間に「うおっ!」と変な驚き方をされた。


「葵子さんいたんすか! 中入らないんすか? 雨さん待ちっすか? つか今度ご飯いきません?」

「……キミ、他の患者にもそんなラフなの?」

「仕事中はちゃんとしてますよ〜! で、ご飯いくのはどうすか? ダメっすか? 美味しいお店見つけたんすよ」


 矢継ぎ早に言葉を重ねられ、返事をする気力が削がれていく。

 他の患者には節度がある対応をできるのに、なぜ私には適用されないのか。憎めない笑顔を向けてくる彼は、私の理解の外にいる生き物だ。

 うちの生徒も怖いもの知らずだけど、最近の若人はみんなこうなの?


「いや、えん──……」


 遠慮します、と言いかけた直後。
 
 背後から現れた嗣海が、従業員である彼の頭を鷲掴みにした。

 もう一度言う。鷲掴みにした。


「二人でご飯なんて、絶対行かせないよ」


 有無を言わせぬ声が、耳殻を掠める。
 
 爽やかな笑顔で、芋でも引っこ抜くかのように、嗣海は鷲掴みにした頭を持ち上げんとした。
 
 ……これは、ギリ、パワハラに抵触するのでは。
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