まことしやかな恋
従業員も患者もいない待合室は、無機質に静まり返っていた。人工皮革の座面が白色灯を鈍く反射している。掲示板には料金表と院長の経歴の他に、告知や案内の印刷物が整然と並んでいた。
中に招き入れたということは、嗣海はまだ帰り支度が済んでいないのだろう。待合室にひとりで放置され、安堵のため息が零れてしまった。
「あ、施術してく?」
「……しない」
「へぇ、姿勢おわってるけど」
「…………しない」
立ち襟のケーシー白衣を着ている嗣海がひょっこりと顔を出す。指圧が気持ちいいのを知ってるから頷きたくなるも、断固として首を横に振った。
事実の指摘が痛い。気休めだけど、姿勢よく座ってみよ。
「そこだと窓から見えるから、こっちの椅子座って」
「ん」
言葉に従って椅子を移動すれば、まだ着替えていない嗣海が私の隣へと腰を下ろした。緑茶が注がれた湯呑みを渡され、お礼を言って受け取る。あったか。
湯呑みを両手で包んで、ひとくち飲んだ。
不思議なんだけど、この整骨院に来ると毎回眠くなる。というか施術中に寝落ち、めちゃくちゃしてる。
「俺と会うの一ヶ月ぶりなのに、会ってすぐ眠そうにしてるのなに?」
「いや、ここ眠くなるから」
「……なんでそんな無防備でいられるのかな。手塩にかけて育てすぎた? まったく……俺の忍耐力に感謝してね」
「…………はぁ?」
うつらうつら、まぶたが閉じかけつつも、気に食わないので訝しげな一音だけ小さく出しておく。聞き慣れた甘さを含んだ笑い声が耳に触れた。