まことしやかな恋
満月のように丸くなった瞳と視線が絡む。人は収拾不能な局面に立たされると、絶望を通り越して冷静になるらしい。
無言で身体を起こし、砂埃を軽く手で払った。木のベンチに置いていた鞄を持って、尻餅をついた体勢のままの彼に一言告げる。
「では」
唖然とする青年を置き去りに、私は逃げるように立ち去った。
────「え、葵子?」
時計の針がてっぺんに到達する少し前。
私はなにも考えずに手元にあった合鍵を使って嗣海の部屋に侵入した。
ずかずかと廊下を歩いて明かりのついた部屋のドアを開ければ、ソファで寛いでいた嗣海がひどく困惑した顔で名前を呼んでくる。
「びっくりしたぁ〜……。合鍵使ったの? 連絡もしないでくるのはじめてじゃない? どうしたの? なにかあった?」
棒立ちで動かない私を見て、ぽてぽてと部屋着姿の嗣海が近寄ってきた。
そして、気づく。
「ん? 怪我してる? 手の甲と口元に血滲んでるけど、まさか喧嘩した……? てか酔ってない?」
「シャワー浴びたい」
「んん? どうぞ? ……あ、まって、どうぞじゃないかも。酔っ払いは湯船はだめだよ、溺れるからね」
「わかってるってば」
覚束無い足取りで脱衣所に向かえば、心配そうに眉を寄せた嗣海がついてきた。
子どもを見守る親か。