まことしやかな恋
困惑の色を顔にありありと出せば、どこまでも余裕一色の嗣海が口を開く。
「なに、家に一度戻るつもりだったの? 面倒臭いでしょ。俺の家からそのまま行きなよ。仕事帰りに飲みに行ったんだから荷物はあるんだし」
「……」
それもそうかと納得した。
頷いて視線を上げると、嗣海は目尻を緩ませてこちらを見つめていて、甘ったるい表情に足早にキッチンを離れる。
背後で、また笑われてる気配がした。
「……運命め……」
クローゼットを開けて、何着か置いてある自分の服を取り出しながら恨めしく呟く。
行き場のない感情の矛先を運命に向けた。
愉快犯で性格の悪い嗣海が、ふざけて甘い台詞を吐いたり、まるでお姫様でも扱うような真似をしてくることは度々あったけど、今日のは質が違う。
ふざけているようで、ふざけていない。
「これ以上、乱されたくないな……」
相手のペースに乗せられてる上に、思考が散らかっていた。だが、不快ではなく充足感に苛まれているのだから私も私で問題がある。
職場もとい学校の保健室に着ていける服を見繕い、着替えた後は嗣海の視線から逃げるように洗面台に向かって身支度を済ませた。
「葵子、準備終わった? あ、お弁当作ったから持っていってね」
「……ありがとう」
「少し待って。一緒に駅まで行こ」
決まり事のように告げた嗣海に、ノーと言えることもできず。まさかのお弁当まで作ってくれている現実に困惑が降り積もる。
ちょこんとソファに座り、私は心を落ち着かせるために何度も深呼吸を繰り返した。