まことしやかな恋
逃げ出そうとしたナンパ男に、嗣海はここぞとばかりに性格の悪さを本領発揮して更に追い討ちをかける。
「あれ、君の鞄とコート偽物だ。ブティックが並ぶ通りで度胸あるね」
「っ、クソッ」
「褒めたのに。怒って行っちゃった」
「……ふはっ」
ナンパ男を完膚なきまでに叩きのめした恋人の容赦のなさに思わず笑ってしまった。
嗣海が身につけてるのは、生地までこだわった上等なもの。頭のてっぺんからつま先まで磨かれ、隙のない完璧な装いの人間に、パチモンで飾った男が敵うわけない。
執拗いナンパ男を追い払った私たちは、そろりと互いに視線を合わせた。
「着くの早くない? そんなに俺に会いたかった?」
「5分前行動」
「葵子のは30分前行動だよ」
「着いたときから見てたんじゃん……」
性悪め、と半ば呆れた音色で呟いた私は完璧にセットされた恋人を見る。
黒を基調にまとめた装いに、深いブラウンのカシミヤコートを肩から羽織っていて、細身に仕立てられた輪郭が柔和な色気に繋がっていた。
足元は艶を抑えた黒のレザーシューズ。手首にはシンプルな腕時計が控えめに覗き、指先や首元に余計なものはない。
全身、仕立てと素材だけで整えている。
「何でにこにこしてんの」
「葵子の顔が見れて嬉しい」
「……」
はいはい、私の負けだよ。
差し出された手に、自分の手を重ねる。編まれた指先を離さないように、私は破顔した恋人と歩き出した。